1章 ようこそ天上界

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おりしも空は菫青色にさしかかる。 この刻限、海上の道は、大渋滞だ。 品秩(かいきゅう)ごとに定められた鳥紋をあしらう文官用の舟。獣紋が勇壮な武官用の舟。親戚のぶんまで買い込んだ日用品で喫水が深い庶民の舟……。 そんな船舶の密集が、にわかに左右に割れ。 王城ある島の港から現れた一艘に、道を譲る。 その一艘を見守る海上の客たちの、揺れる睛と紅潮する頬。舟上の人物をもっとよく見ようと船縁から乗り出す半身が、人々の憧憬の深さを告げている。 チーミンを載せた草木紋の舟を眺め、群集は熱っぽく、口々にまくしたてた。 「なんて運がいい、織官のお出ましだ……!」 「見よ、あの上衣、目がつぶれんばかりの細やかな織り目を!」 「あれは何織りだ? ああ、夕べの暗さが妬ましい」 「色糸の数だって五百は下らないぞ、あの紅青色は何で染めてるんだ? 見当もつかない」 「お前、よくこの暗さで見えるな……」 たちまち、民衆による衣装査定が始まっていた。 身なりをかまわず外を出歩くことは、あらゆる衣を織りなす織女神――その末裔を国主に戴く浮槎では、最も恥ずべき行いとされる。 民は物心つく頃には誰もがひとかどの衣装批評家となり、服飾文化の実践者となった。その限られた財産の中から、わずかでもよい衣装を求めた。威厳とは、道徳とは、いかに洗練された衣装を着こなすかに尽きた。 文化を牽引する織り手たちは、職にあぶれるということがない。その最高職である、宮中出仕の織官など見た日には、人々は崇敬を込めて自然に道を譲った。
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