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その日は朝から雨が降り続いていた。来週には梅雨も明けるらしいからもう少しの辛抱だな、そんなことを考えながら駅から続く道を歩いていると、後ろから女性の悲鳴が聞こえた。男の人の叫び声も混じっているけど、雨音でよく聞こえない。
振り向いて声のした方を見ると、目の前にレインコートのフードをかぶった男の人が立っていた。うっすらと笑みを浮かべたその人は、右腕を振り上げた。手にしているナイフが見えたと同時に、左の太腿辺りに激しい痛みが走り、膝から崩れ落ちた。
切りつけられたことはすぐに分かった。顔を上げると私を切りつけた人が少し前を歩いている人に向かおうとしているのが見えたので、痛みをこらえながら夢中でレインコートの端を掴んだ。
前進を遮られたその人は振り返り、レインコートを掴んでいる私の腕にナイフを下ろす。鋭い痛みとショックで私はその場に崩れ落ちた。
気がつくと知らない部屋のベッドの上にいた。頭上にある“岩代和歌奈”というネームプレートを見て病院にいるんだと理解した。すぐ側でお母さんが電話で話をしている。
「なんで和歌奈が通り魔にあったことが私のせいなのよ。和歌奈はもう大学生で、時間だってそんなに遅くなかったのよ……」
電話の相手はお父さんだろう。私のことが喧嘩の種になっているのが悲しくて仕方ない。
「お母さん……」
私の声に気付いたお母さんが電話を切って私の手を握る。
「良かった、和歌奈。もう大丈夫だからね」
お母さんから詳しく話を聞いた。私を襲ったのは28歳の男の人で、私含めて6人が被害にあった。私が襲われたとき、相手の足止めをしたことであの後すぐ確保されたらしい。
犯人は騒ぎを起こすことが目的で、被害者のいずれも傷は浅かったらしいけど、唯一私の右腕だけかなり深かった。もう少しで神経を損傷するところだったらしい。
「お願いだから犯人に向かっていくなんて危ないことしないでよ。こっちの心臓がもたないわ」
「ごめんなさい。だけど、すぐ近くにも人がいて、その人も犠牲になっちゃうって思って必死だったのよ」
その後、私は腕の傷がある程度治るまで1週間ほど入院した。
退院後に大学に行くと、友達の浅岡珠実が駆け寄ってきた。
「和歌奈〜びっくりしたんだよ。大丈夫だった?」
「まあ、なんとかね。腕の傷はまだ痛むけど」
「そっか……ひどいよね、ストレスだがなんだか知らないけど他人巻き込むなんて。しかも女性ばっかり。あ、不便な事あったら言ってよ。私にできることなら何でもするから」
こういうことを言ってくれる存在はありがたい。私はそこに甘えることにした。
「ね、じゃあ付き合ってほしいところがあるんだ。来週くらいでいいんだけど」
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