03

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 風子と会ったのは、二十一のときだった。  祐太郎と付き合って一年以上が経っていた冬、姉が遊びに来るから紹介したいと言われたのだ。 「姉にだけはカミングアウトしたいんだ。佑のこと、恋人って紹介していい?」  祐太郎にそう言われたときは、正直戸惑った。  二人のことは誰にも言ってなかったし、ゲイであることを誰かに伝えたこともなかったからだ。 「嫌?」 「嫌っていうか、カミングアウトしたことないから」 「そっか。じゃあ、やっぱ止めとく」 「あ、でも、祐太郎がしたいなら、いいよ」 「うーん、じゃ、少し考える」  少し考えて、数日後に祐太郎は、誰にも言うつもりはないけど、姉にだけは話しておきたいと、恐れるように静かに言った。  その様子が痛々しくて、佑は、いいよ、じゃあ会おう! と明るい声で返した。  あの日の祐太郎の笑顔をもう思い出せない自分はやはり薄情な人間だと思う。  学生時代に結局、風子とは三度ほど会った。  風子と祐太郎は仲が良く、地元の岐阜で高校を出て働いていた風子は、東京のどこどこに行きたい、横浜でなになにが食べたいと、まとまった休みがとれると二人を訪ねてきた。   ゲイであること、祐太郎と付き合っていること、そのことを唯一知っている風子の前では、佑も開放的になれて楽しかった。  あの頃の三人は、まるで親友同士のようだった。  大学卒業後、祐太郎は横浜を離れず、試験に受かり、公務員として働いていた。  佑は大学を卒業後、製薬会社に就職しMRとして激しく働いていた。私生活はない生活だった。  仕事の忙しさとストレスで、祐太郎に当たることが増え、そんな自分にうんざりして、別れを切り出した。  公務員として淡々と働いている祐太郎を見下したり、羨ましく思ったりして、もう理解し合えないと思った。  いま思えば、自分で選んだ仕事だったのに、覚悟が足りなかったと思う。 「わかった。いままでありがとう」  祐太郎は弱弱しく笑って続けた。 「最後にハグして別れてよう」  車の往来の激しい大通り沿いの、落書きだらけの桜木町のガード下で、祐太郎と最後に抱き合った。  すっかりなじんだ祐太郎の匂いが、車が吐き出すガスの臭いに勝っていた。  人目がある場所で抱き合ったのは、あのときたった一度だけだった。
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