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05
自分の娘が、死んだ弟が通っていた国立大学に行き、一人暮らしをしたいと言い出した時の風子の葛藤を想像してみたが、独り身の佑にはそれは不可能だった。
絵美子は約束の十分前なのに、美術館の前に居た。
絵美子はすらりと背が高く、かわいらしい顔をしている。
その面差しは父に似たようで、風子にも祐太郎にも似ていない。
そうでなければ、佑は絵美子とやんわり距離をとり、連絡を絶ったはずだ。
スマホから顔を上げ、佑を見つけた絵美子は、誰にも似てない大きな笑顔を浮かべ、佑に向かって手を振った。
みなとみらいのツタヤに行き、赤レンガ倉庫を眺めて、山下公園を散歩した。
すべて絵美子の希望だった。
そして、締めくくりは中華街での食事だった。
絵美子はあれもこれもと興味のある料理をオーダーし、佑は食べきれるかと心配したが、絵美子は意外にも旺盛な食欲を見せ、目の前の料理をどんどん平らげていく。
「すごいね」
「うん、大食いってほどじゃないけど。父親に似たの」
誰に似たのかと思っていた気持ちを読み取られたようでドキリとする。
「そうなんだ」
「母さんはそんなに食べない」
「へえ」
祐太郎も食は細かった。
おじさんはどうだったの?
そんな台詞を恐れていたが、絵美子はそれを口にしなかった。思ってはいるはずだ。
「秋元さんも結構すごいね」
「営業マンですから」
言われてみて、自分でも意外なほどの量を平らげていることに気づく。
絵美子に付き合って一日中歩き回ったことと、大量オーダーを処理しなければという思いがもたらした結果だろう。
「そっか」
「うん」
笑うと、絵美子も笑い返してくる。
「こーゆーデートって彼氏とするんじゃないの?」
「そんなのいない」
「これからだよ」
「いらない」
「なんで?」
「学校の子たちはださくてバカだから」
佑は苦笑する。この年頃の女の子の言いそうなことだ。
「それに中華街のこんな高いお店には行けないよ。絶対に食べ放題」
「それも楽しいんじゃない? 好きな相手なら」
「そっかな」
絵美子は首をひねる。
人を好きになるということがまだよくわかっていないようだった。
これからだなあと佑は思い、娘や息子がいたら、こういった思いを何度も味わえるのかと、子供を何人ももうける夫婦の気持ちがやっとわかった。
「秋元さんは付き合ってる人、いるの?」
「いるよ」
「えー、うそー、ざんねーん」
絵美子の声が個室に響く。
予想以上の反応に佑は驚いた。
「ちょっと、静かに」
「あ、ごめん」
と謝った絵美子は、小声で、なんだー、やっぱりねーと続けた。
「どんな人?」
「仕事の好きな人」
佑は用意していた嘘を口にする。
「どんな仕事?」
「人事」
「人事? キャリアウーマンなの?」
「キャリアウーマンか。懐かしい言葉だな。でも、そうかな」
「へえ」
「どこの会社」
「外資のメーカーだよ」
「へえ、外資か。バリバリだね」
「そうだね」
「もう長いの? その人、いくつ?」
絵美子の質問は止まらない。
その間も、手と口は動かしているので、やはり若者の食欲には敵わない。
「十歳下かな。付き合って二年になる」
「ふうん。そうなんだ」
絵美子がつまらなそうに一応といった感じで相槌を打つ。
「結婚は?」
「考えないでもない」
「へえ」
そういって言葉を切ると、絵美子ははあーっと大きくため息をついた。
「じゃあ、秋元さんの友達紹介して」
「え? なんで?」
「いい人がいたら付き合いたいから」
「自分の親と同年代の男と?」
「母さんと父さんより年下ならいいじゃん」
「お父さんはいくつ?」
「母さんと同じ年」
じゃあ四十四か。
「えっと、自分で言うのもあれだけど、アラフォーって結構なおじさんだよ」
「秋元さんはかっこいいじゃん。おしゃれで清潔だし」
「それは営業マンだから」
「じゃあ、営業マンの友達を紹介して」
なんでそうなる?
佑はなんと続けていいかわからなくなって、むっとして海老マヨネーズを口に放り込む。
「彼女の写真みせて」
「え?」
「写真? 一枚ぐらいあるでしょ?」
ドキリとする。
そこまでは用意していない。
「あるけど、ダメ」
「えー、けちー」
と言いながら、絵美子も膨れっ面をした後、海老マヨネーズをぱくりと口に放り込む。
いろいろ言ってくるのに、素直にひくのがこの子のいいところだと思う。
さっぱりとした気性も父親譲りなのだろう。
祐太郎はよいことも悪かったことも引きずる傾向があった。
気づけば、絵美子と過ごすなかで、何度も祐太郎を思い出している。
もう忘れたと思ったことも、浮かび上がってくる感覚は不思議なものだった。
「ねえ、この後、占い行かない?」
「あ、うん。いいよ」
「やったー。恋愛運みてみらおうっと。年の離れた男性がいいですって言われたら、友達紹介してくれる?」
「ダメ。学校の子にしなさい」
佑は即答し、ビールをぐいっと煽った。
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