07

1/1
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

07

 絵美子と再び会ったのは、中華街で食事をしてから四か月が経った後だった。  絵美子の度重なるリクエストに佑が折れた形だった。  佑は午前中は休日出勤し、午後に東新宿で絵美子と合流した。  地下鉄の駅から出て、地上に出ると、ビルに囲まれた円形の広場がある。  そこのベンチに座っていた絵美子は、佑が近寄ると、 「ひさしぶりー」  と笑って、鞄の中から何かを取り出した。  佑も絵美子の側に腰掛ける。  今日は、ここから歩いて新大久保に行き、化粧品を漁った後で韓国料理を食べる予定だ。  すべて絵美子の希望で、回る店も決めている。  若いころに、同年代の彼女がいたら、こんなデートを繰り返していたのだろうか。  異性と付き合ったことのない佑にはわからない。  ただ、少し頑張れば彼女をもつこともできたのでは、と思うようになった。  絵美子と会うようになってから見えてきた、それは意外な発見だった。  絵美子が鞄から出したのは、弁当箱だった。 「お昼、食べてないでしょ?」 「え? あ、ああ」 「私も。朝も昼も食べてない」 「でも、大久保行くんだよね」 「ごはんは夜だもん。少しはなにかつままないと」  そう言いながら、弁当箱をぱかりと開く。  中には小さく握ったおにぎりが並んでいた。 「これって?」 「ゆかりごはんのおにぎり。好きなんだ、ゆかり。嫌い?」 「あ、いや、そんなことないけど」 「じゃあ、どうぞ」  絵美子が佑に弁当箱を向ける。 「あ、じゃあ、いただきます」  佑はゆっくりと絵美子が握った小さなゆかりごはんのおにぎりをつまみあげる。 「はい、どうぞ」  絵美子は自らもおにぎりを持ち上げ、 「いただきます」  とそれを口に入れた。  それを見て、佑も、しその香りのする塊を口に入れる。  塩味とは違うしょっぱさが口内に広がった。 「おいしい」 「そう? 良かった~。まだまだあるよ」  そう言って、弁当箱を佑に向ける。  佑は笑って、 「あ、うん。ありがと」  と一個目のおにぎりの残りを口に含んだ。  二口めでも、久しぶりのゆかりの味は、新鮮に舌の上に広がる。  弱いビル風が吹き、弁当箱を包んでいた布をそっと揺らした。  別れる前に、祐太郎がゆかりご飯のおにぎりを佑の部屋に残していたことがあった。  約束をしても、会えない日々が続いていた頃のことだ。  久しぶりに、それを思い出した。  それほど印象的ではない、他の思い出と同列のそれを、思い出しただけだった。 「ちょっと、トイレ」 「え、ごはん中に?」  行儀悪いぞ~という絵美子の声を背に受けながら、佑は涙をこらえ、トイレの中に逃げ込んだ。  祐太郎を想って泣くのは、久しぶりのことだった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!