X1

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 X  オスカーという名前は、首輪に書かれていたものだ。自分が付けた名前じゃない。  捨てた人間が付けた呼び名なんて、と――一時的にでも飼うなら変えてやろうかと思ったが、いきなり変わっては混乱するだろうと思い、そのままにすることにした。  「オスカー……?」  「きゅい……!」  駆け寄ってくる黒の小動物。  その反応の良さに、一瞬、本当にそうなのかと思ってしまう。  ――だが、目当てはこっちではなかったようで、袋の中から転がり出た木の実に飛び付いた。腹が減っていたらしい。  「…………。」  面影はあるが、それだけ。何かしらの繋がりがあるとしても、俺のことは知らなそうだ。  別にそれを残念とは思わないが……  《ブガッ……! ブガッ……!》  小動物の後を追ってか、先程見た豚の魔物が茂みの中から姿を現した。  ……厄介な奴を連れてきてくれた。  「おい。」  《ブガァッ!》  (無駄か……。)  豚は俺を目にすると、奇声を上げながら襲いかかってきた。こっちには全くそのつもりはないのに。餌として見られているのだろうか。  (これは指導の必要ありだな……。)  覚悟を決めた俺は、歩いて攻撃を避け、豚の手から素早く棍棒を取り上げた。  《ブガッ……!?》  「いきなり殴りかかってくるな。」  注意し、握力で棍棒を砕く。これで大人しく……  《ブギィ……!》  逃げようとしたので首根っこを掴んで地面に押し倒す。  「話は最後まで聞け。敵じゃない。」  一応、言ってみるが、ジタバタをやめない豚。    (通じてないな。)  平和的解決は難しいか……。残念でならない。  仕方なく解放しようとした。  「ん……?」  しかし、顔を上げると、状況が変わっていた。  ゴブリンがいる。一匹の黒いゴブリンが、茂みの中からこちらを見ている。  (仲間か……?)  「…………。」  目を合わせると、ゴブリンはゆっくりと茂みから出てきた。  その手には斧。肌には無数の傷。普通じゃない何かを感じる。  俺は斧が振り上げられたのを見て、豚の首から手を離した。  《ブギュゥゥ!!》  次の瞬間、豚の頭がバックリと裂け、大量の血が流れ出た。  (おいおい……。)  流石に恨まれ過ぎだと思った。  X  事情が分からなければ、手出しはできない。  黒いゴブリンは、豚を殺した後、続けて俺に襲いかかることはなく、何処かへと去っていき、そして、いつの間にか、小動物も消えていた。  (いいよな……やりたいことがある奴は。)  下山しながら、何故こんなことをしているのかと考えて、暗い気持ちになる。  運良くまだ人生は続いているが、この命を何の為に使うのか。  何の為に生きるのかということは、重要な問題だ。  やりたいこと、楽しいと思うことがないのなら、生きる意味がない。  少し前までは見つけようと努力していた。  しかし、犯罪・不正に手を染める大人達や、ほとんど詐欺みたいな社会の仕組みを知ってからは、社会貢献の気持ちも失せ、何も心の底から楽しめなくなった。  どう足掻いても、生き物は互いを傷つけ合う。そんな世界で目的を持って楽しく生きていられるってのは凄いことだ。  俺には苦痛でしょうがない。とても耐えられない。  昔、サッカーの試合中に相手に怪我を負わせてしまったことがある。  軽傷で、別によくあることだと恨まれもしなかったが、俺は嫌だった。人を傷つけることが。  そんなことをしてまでのし上がる理由は、自分には無い。  だから俺は、応援する側に回ろうと思った。他人の邪魔をしないように、困っているなら助けるように。そんな生き方をしていた。  ここでもそれを続けるのか……。  (異世界……。)  たまに例外はあるが、転生者にとって酷く都合の良い世界であるイメージ。   夢であるにしても、そういう性質を持っているなら……。  だとしたら……  (ここで見つけられるのか?)  そう考えると、少し興味が湧いてくる。  それの為なら何だってできると思うほど、自分の心を激しく燃え上がらせるものがあるのなら……、例え、夢であっても、真剣になる価値がある。  (意味がないなんて、やっぱり、虚しいからな……。)  俺は足を止め、来た道を振り返った。  一応、ここまで途中の木に傷を付けてきている。  「…………。」  迷いどころだ。  争いを避けて、関わりを避けて、それじゃあ何も始まらない。もっともっと物事の中心に積極的に分け入っていくべきか。  (いや、ないな……。)  そういうのは趣味じゃない。焦って変なことする必要はないだろう。  本当にここが都合の良い世界なら――  上を見上げると、流石に日が傾いてきていて、空が赤く染まり始めている。  能力があるから、もう少し無理はできそうだが、この辺にしておくか。    ――と、そう思った時、気になるものが見えた。  (亀裂……?)  空にヒビが入ってるように見える箇所がある。  念の為、木の上に上がって確認してみるが、Xの形に広がっている。  さっきの傷といい、何か特別な印なのか。  (X……。)  10……未知……キリスト……  (ヴィア・ドロローサ……苦難の道……なんてな。)  確かあれは死んだ後、復活したとか。転生とは違った筈だ。  …………。
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