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そんな彼等の言葉を気にする事も無く、2階に上がる階段へと差し掛かった瞬間、囚人は少しバランスを崩し、一歩踏み込んでから動かなくなった。
「 歩けよ。只の階段だろうか 」
「 階段… 」
此処に来て初めて声を発したが、声変わりは終わってるようだが少し高くも聞こえる囚人に、同僚は眉間に顔を歪めて肩を押さえた。
「 いいから、歩けって! 」
立ち止まる事で囚人が逃げる可能も出る為に、歩かせようとしたが二歩目が出なかった彼は、前のめりに倒れ、転けた。
「 なっ!?階段でこけんな!立てよ! 」
「 うわっ、ダセェー! 」
「 ブハハハッ!!!彼奴、目でも視えないじゃねぇ!? 」
手でなんとか防いだと言えど、階段の段差に頬を当てていた彼は、無言のまま上体を起こす。
そんな彼へと浴びせられる言葉と、彼の右手が次の段差の高さを測るように動いたのを見て、舌打ちが漏れる。
「 報告には無かったな。No.S-66。此奴…盲目だ 」
「 ウソだろ…んな、肝心な事を書いてないんだよ。いい加減すぎるわ 」
手を貸すつもりは無かったが、盲目だと分かれば話が違うと判断し、彼の左腕に触れる。
「 耳は聞こえてるだろう?俺が支えてやるから歩け。此処の階段は感覚を鈍らせる為に全ての段の高さが微妙に異なるんだ 」
「 そう…なのか…… 」
受け答えは出来た事に耳は正常だと判断すれば、彼の手を俺の肩に誘導し掴んだのに合わせて一歩歩かせる。
其れでも、高さが変わることでふらついて転けそうになりながら、なんとか2階の一番右の奥の部屋に連れて行くことが出来た。
「 ここが御前に与える部屋だ。綺麗に使わなければ困るのは御前だからな 」
新しい囚人が来るからと一度全てを綺麗に掃除はしてるが、そこから汚すのも維持するのも囚人次第。
まぁ元々汚いのには変わりない為に、綺麗にしてると言っても微妙なんだがな。
「 はぁ…。よりにもよって盲目かよ、面倒くせぇ…上に文句言ってやろ 」
やる事を終えた同僚はさっさとその場から離れて、報告書を書く為に離れれば、俺は彼がベッドの位置やら奥にある座る便器と小さな手洗い場の位置を確認してるのを見た後に、部屋を出て、外から施錠し離れる。
「 なぁ、看守さんよ。俺と遊ぼうぜ 」
「 もうちょっと寄って来いよ。綺麗な顔なんだから…可愛がってやるからさ〜 」
一人部屋と言うこともあり欲に溺れ、誰構わず相手にしたいと望む、薄汚い囚人に気を向ける事無く、一度この場から出て監視室へと入る。
たった三台の監視カメラを眺めていた上司は甘いコーヒーを片手に、答えた。
「 盲目だったのか 」
「 嗚呼、向こう連中は黙っていたみたいだ 」
Sエリアの担当上官 No.S-03。
鋭い洞察力と冷静な判断で、此処の囚人を纏めてる彼が、監視カメラの映像から一目で見れば会話は聞こえなくとも察するのは簡単だろう。
彼の横にポケットに折りたたんでいたクソみたいな報告書を押し当てて置けば、同僚はコーヒーを注ぎながら文句を言う。
「 障害者なんてエリアBの担当だよな!?殺人罪とは言えど、こんな人数が4人しか居ない場所で、もっと厄介事を増やすなんて…彼奴等、俺等を舐めてる 」
何かしらの障害のあるものはエリアBに収監され、そこにいる看守が相手にするのだが…
エリアSの俺達には、そこまで医療の知識は無い。
あくまで、囚人一人一人の監視が目的故に、主に実戦経験に優れた奴しかいないのだから、そういった分類は他人任せ。
腹を立ててるのは皆同じ。
俺の向けた紙に目を向けることなく、No.S-03は小さく鼻で笑った。
「 寧ろ、そいつ等が手に負えないと判断したから此方になったのだろう。優秀だと思えばいい 」
「 あ、そうっすね!俺等が優秀なのは事実だし 」
「 …はぁー、単純だな 」
相変わらず脳天気な同僚に溜め息を付けば、彼は白いマグカップに入ったホットのコーヒーを向けて来た為に、片手で受け取る。
「 単純でいいんだよ!こんな仕事に御前みたいに考えてたら脳がオーバーヒート引き起こすわ!そうっすよね!? 」
「 そうだな…。だが、御前はもう少し考えてもいいと思うぞ? 」
「 なっ!! 」
「 ほら、みろ 」
何も考えなくていいのは寧ろ羨ましい事だが、多少考えるのも俺達には必要だったりする。
特に、相手は巧みな言葉や態度で被害者を誘い込み殺していた犯罪者集団。
どんな、罠があるのか分からないからこそ警戒して損はない。
「 あつっ…… 」
ズズッと音を当ててコーヒーを一口飲めば、沸騰させたばかりの湯を使ってた事もあり、小さく呟けば、同僚は軽く笑って分厚いコートを脱ぎ、衣紋掛に掛ける。
「 さっきまで寒い場所にいたもんなー 」
「 嗚呼… 」
このエリアSは、個室であるのもあるが…
特に脱獄した際に、外との温度差で動きを止めるために暖房によって24度に設定されている。
こんな厚手のコートでフル装備していたら汗が出る環境だからこそ、看守の俺達は比較的に薄手にならざる得ない。
「 ふぁー……おはよう、ございましたぁー… 」
「 おう、おはよう!ちょっとは寝れたかよ? 」
監視室の奥にある仮眠室で、夜間をしていた後輩であるNo.S-93が寝癖のある金色の髪を掻きながらやって来れば、同僚の言葉に首を捻り、関節の音を立てては傾げた。
「 いやぁそれが…面白そうな話を聞いて、若干起きました 」
「 なんの話だよ 」
「 え?あー…なんか、No.S-89さんが猫舌とか 」
「 しっかり寝てんじゃんか 」
「 あはは、そうっすかね? 」
もっと盲目の囚人が入って来たと思うような話を聞いてたのかと思ったら、ちゃんと寝てた事に溜め息が出る。
「 俺は猫舌ではなく、この馬鹿が無駄に熱いコーヒーを入れたのが悪い 」
「 えー、俺のせいかよ 」
「 あはは、あっ。女医さん来ましたよ 」
後輩の言葉に視線を通路へと向ければ、白いコートを着て歩いてくる赤毛の髪をキチンと纏めた女性の姿に、俺はマグカップを置いて監視室を出る。
「 御迎えに行けなくてすみません 」
「 いいのよ。此処が一番人数が少ないんだから離れられないだろうし 」
「( そういう事ではないんだが… )」
気の強い女医は、このイセベルグ刑務所に収容されてる1690人の囚人を全ての健康状態をチェックしたり、多少の病気や怪我の治療をする医療従事者の一人である。
医療関係者は20名いるが、彼女以外の全員が男なのだから、どれだけ肝が座ってるのかと思うが…。
どちらかと言えば、人の好意を好意だと思わない人種である。
「( 男しかいないから護衛のつもりだったのだが…必要ないか )」
一人がこの場を離れるぐらい気に留めない連中だが、女性の彼女を護衛する予定は必要なかったようだ。
やり辛い人だと思い、内側から虹彩認証で扉を開け、中へと通してから外から閉めて案内をする。
新しい囚人が入れば、いつも健康状態の確認をする事になっている。
「 No.2313は此方です 」
階段を上り、片手をポケットに入れていた彼女はそれを出して足元を見て上がっていくのだから、俺達のような看守が慣れてるだけで他の奴は、さっさと上れないのだろう。
「( これが盲目となれば、大変か… )」
同じ高さ、同じリズムで上り下り出来る階段とは訳が違う。
あれだけ苦戦しても無理ないと納得してから、囚人の部屋の前を通る。
案外、女医に対しては無言なんだよな…。
「( 下手な事を言って、手足を落とされたく無いからだろうな…。小心者め )」
詰まらない連中だと思い、彼等を横に通路の奥にある扉の前に立ち、同じく虹彩認証で扉を開く。
「 気を付けてください 」
「 えぇ、分かってるわ 」
彼は、ベッドに横たわっていた身体をゆっくりと起こせば、密かに首を傾げるのを見て内側から扉の鍵を閉めてから、腰にぶら下げていたスタンロッドを手にし、喉元へと向ける。
「 動くなよ。気絶させられたくなければ 」
「 ………… 」
告げた言葉に、彼の視線は僅かに俺へと向けられた。
ずっと下ばかり見ていたその瞳が、やっと俺へと向けられれば生気の無い写真とは別人と思える程に、全てのパーツが完璧と言える程に整った顔をしていた。
「( 此奴…義眼か… )」
宝石であるアレキサンドライトの様に、光の反射で緑色から別の色へと変化するような義眼をつけていた彼は、直ぐに女医へと落とされる。
「( 此奴の顔…ここまで良いと他のエリアだと恰好の餌だな。だから此処なのか… )」
個室で良かったな、と褒めてやりたい程に上が決めた理由が納得した。
死刑囚とは言えど…
未成年を他の囚人が強姦した、なんて…
聞こえは良くないからか。
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