その看守、餌

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身体を隅々間で綺麗にし、何度か俺自身が本気で吐いてから、新しい制服に身なりを整え監視部屋へと戻る。 「 シーツ持ってきたんで、つけてくるな 」 「 大変だな。行ってらー 」 さっき離れて、もう一度顔を合わせるのは嫌だが、他の連中に任せるよりいいかと思い、あの囚人の元へと戻る。 「 飯食えよ 」 冷たいだろうに床へと座って、ぼけーと天井に顔を上げた彼が、テーブルに置いた夕飯に手を付けてないことに疑問に思うが、 その場にいるなら丁度いいと判断し、中に入りベッドにシーツを取り付けて行く。 「 食えない… 」 「 は? 」 アレルギーなんて聞いてないが?と一度手が止まれば、彼は口元へと自らの指を滑らせ、その仕草を見た瞬間に、嫌な記憶がフラッシュバックし、咄嗟に目を背けた。 「( 何考えてんだ…あの手が…なんて、俺は馬鹿かよ… )」 「 人の肉以外…身体が受け付けないんだ 」 「 ……は? 」 変な妄想がかき消されるような発言に、驚きを通り越して、聞き間違えかと視線を戻せば、彼は自分の爪を僅かに噛んだ。 「 恋人を喰った日から……。他の食べ物が食えなくなった…。似た男で無いと受け付けない…。アンタは少し似てたから…今は腹が膨れてるけど… 」 「 は?俺は別に食われてないが… 」 犯されはしたが、身体の一部が失われた感覚はない。 食われた…と言う、認識が無い為に首を捻れば、彼はこちらに顔を向け傾げた。 「 食ってたじゃん。体液 」 「 ッ……!まじ、死ね!! 」 聞いた俺が馬鹿だったと思い、シーツも取り替えたこともありさっさとトレーを回収してから、部屋を出る。 「( 体液?はぁぁん?カニバリズムは、体液でもなんでもいいのかよ。とんだ変態じゃねぇか )」 今度から、下手に心配することも止めようと思い、監視室を通り過ぎて食器を返しに行く。 「 なんか…No.S-89(ハク)さんキレてないっすか? 」 「 きっと新しい囚人に茶化されて、キレてんだろ。彼奴がキレてんのはよくあるから気にすんなー。短気だから 」 「 あー、はい… 」 通り過ぎた俺を横目に、彼等が話してる内容なんて推測出来る程度だったから気にもせず、通路をズカズカと歩いてきた上司を見て、文句を言う。 「 No.S-03さん!今まで何処に行ってんだ! 」 「 ん?あぁ…新しい囚人の話と次に死刑執行される奴の話だが…って… 」 少しタレ目の彼は、俺の表情を見て何か悟ったのか、フッと鼻で笑ってから片手を向けそっと頬に触れた。 「 !! 」 「 その顔で、虚つかない方がいい 」 「 何故…だ… 」 黒手袋を付けた親指は、頬の輪郭をなぞり顎に触れ僅かに俺の顔を持ち上げた。 あの囚人より背の高いNo.S-93へと、顔諸共見上げるようになれば、彼は笑みを深め、鋭い鷹のような金色の瞳を細める。 「 顔に、犯された、って書かれてあるからな 」 「 なっ……! 」 図星とも言える言葉に目を見開いて硬直すれば、彼の手は顎から首筋へと移動した。 「 噛み跡にキスマーク。明らかに事後じゃないか…。相手は…そうだな、新しい囚人か? 」 「 ッ…! 」 この人に何を言っても全てお見通しだと分かれば、その手を振り払うように一歩離れて襟元を整える。 「 言っとくが、俺は誘ってもないからな 」 「 抵抗したのは見て分かる。御前の手首に…圧迫痕が残ってるからな 」 「 圧迫痕…あ… 」 よく袖と手袋のほんの隙間から見えた圧迫痕に気づいたなって関心さえあり、自身の手首へと視線を落とせば、上司は自らの顎に手を当て傾げる。 「 だが…。御前みたいな真面目な奴が…ヤられるとは、相当…慣れがあるのか、上手いのか。少し興味がある 」 「( …そう言えばこの人、囚人に手を出すことで有名だった )」 好みの囚人がいれば、犯すような人だと噂があるから、彼が囚人部屋に入った際は近づかないようにしてた事を思い出して視線を上げれば、考える素振りを見せていた上司の表情が、玩具を見つけた猫のように笑みを浮かべた。 「 顔も中々いいしな…。御前には手を出さないように言っといてやる。ほら…トレーを返してこい 」 「 ………はい( あの囚人、終わったな。せいぜい喘いで女の様に落ちぶれてしまえ )」 性格の悪さなら一、二位を争う上司であるのは知っている。 囚人が犯された後に好意を持ったと分かれば、言い訳をつけて死刑執行日を早めたりするような人だ。 俺に手を出した罪として、さっさと死ね、と心の中で毒を吐いてはトレーを返しに厨房へと急いだ。 軽装で通路を歩いたことで、身体が冷えそうな感覚に急いで、監視室へと入る。 「 あーー、やりかした。さみぃ…… 」 「 コート置いていったもんなぁ。どんまいでーす 」 暖かい空気が流れる場所へと両手を向け、同僚の言葉にイラッとしかけるも、後輩はモニターの方を見ては声を震わせる。 「 なぁ…さっきNo.S-03さんが、No.2313の部屋に入ったっすけど…。これ…なんだと思います? 」 「 あ?なにって…っ……! 」 No.2313の部屋の前にある、トレーを出し入れする僅かな隙間へと指を向けた後輩の様子に、俺達はモニターを確認してから驚いた。 「 っ……急いで全員の鍵を再ロックしろ!!No.S-66!行くぞ!! 」 「 あ、はい!! 」 「 おう!! 」 置いていた銃を其々に持ち、後輩に二重ロックを解ことすように伝えれば、全ての部屋に黒いシャッターが閉まり外が見えなくさせてから走る。 「 おぃおぃ、急になんだよ! 」 「 何も見えなくなったじゃねぇか! 」 再ロックは完全に出さないようにする為であり、同時に彼等を刺激しないものでもある。 俺達は、銃を構えたまま走って2階へと上がりNo.2313の部屋の前へと向かえば、そこには廊下も流れでる赤い水溜りが伝い、1階部分へと滴り落ちてたことに奥歯を噛み締める。 「 やっぱり血か… 」 モニターで見たのは血で間違いはなかった、無線を取り出し、後輩へと告げる。 「 騒がず、エリアAの看守を呼んでくれ 」 ゙ あ、はい!!って…どんな理由で呼べばいいっすか? ゙ 「 No.S-03が……殺されたと 」 ゙ なっ!!!?? ゙ 武器もなく、どうやってあの人を殺せるのか全く分からないが、とりあえず片手で同僚に指示を出し、入り口部分に背を向けてからゆっくりと中を覗き混んだ。 「「 っ!!! 」」 今日は、悪夢でも見てるのだろうか…。 そう思うぐらいに、空の胃をひっくり返されたように喉へと酸っぱい胃酸が込み上げられ、死体に慣れてるはずの同僚は、口を塞いだ後に床へと嘔吐ついた。 「 オエッ……!ぉ、ぐ、オエッ…ゴホッ… 」 十六年以上務め、俺が此処に配属が変わってから世話になっていた男は… 喉元の肉を失い、腹部が引き裂かれ肋の骨は見え、内臓が彼方此方へと散らばり、見開いた瞳は抉られ、口から血を流して死んでいた。   もし、俺が…ほんの僅かに彼の機嫌を損ねていたら、同じ事になっていたのかと思うと恐怖心を覚える。  「 No.S-93……。麻酔銃を持ってきてくれ 」 ゙ は、はい…… ゙ スタンロッドは多少近付かなければならない。 其れだけ怪我をしても可笑しくないと判断し、他の看守が来る前に麻酔銃を持って来させれば、後輩はやって来て廊下を見て青褪めた。 「 本当に…No.S-03が……? 」 「 嗚呼…入ってるな。御前はこういうのに慣れてないなら中を覗かない方が身の為だぞ 」 ライフルを受け取り、スコープを外し、針を確認してから中に使って僅かな隙間から銃口を入れる。 「 マジで、止めといた方がいい…… 」 「 No.S-66さんが、その状態なら…やめとくっす… 」 素直に数歩後ろに下がった後輩に、利口な判断だと思ってから彼が゙ 食事 ゙に気を取られてるすきに引き金を引いた。 「 !!! 」 撃たれた事に驚いたように身体を起こし、首筋に刺さった羽の付いた針を引き抜いたのを見て、走ってくる他のエリアの看守を片手で止めれば、完全に倒れるまで待つ。 少しだけ暴れていたが、3分程で崩れるように倒れたのを見て、ゆっくりと立ち上がりライフルを同僚に渡す。 「 大丈夫です。No.S-03さんを引き取りましょう 」 「「 は、はい…… 」」 扉を開き、他の看守と中へと入りもう一度No.2313が寝てるのをしっかりと確認してから、彼等が持ってきた布で覆い隠してから、上司をこの場から連れ出す。 そして、寝てるコイツの部屋を帰るべく、引き摺って移動させ、隣の空いてる場所へと突っ込んでから、 他の奴に部屋の片付けを任せて、俺達は事情聴取を受けた。 「( 正直…人食者ってのを甘く見てた… )」
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