クロス cross

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 不意に、猫の鳴き声が聞こえた気がした。 「ボンジュール……? ボンジュールなの?」  呼びかけても姿は見えない。そもそも本当に声はしたのだろうか。  黒猫は、生きているのか、死んでいるのか。確実なものは何もない。  今、幸せだからって、これからもそうだとは限らない。 「有紗……っ!」  すごく必死な、ほとんど叫んでいるような声。思わず振り向く。 「横井くん……」 「おね……お願いだから、もう、リセットしないでくれよぉ……」  ぼろぼろと流れる大粒の涙にぎょっとする。  そして、リセット。 「なんで、なんで知って」 「俺は……俺はこの世界を、続けたいんだよ……!」  今まで、自分以外は全てリセットされているものだと思い込んでいた。  でも、横井くんはパラレルじゃなくクロスしていて、連続してつながっていて。  彼がこんなに感情を揺らしているところを初めて見た。  私は彼の何を見てきたんだろう。信じられないことは目に入らない。  私は今まですごく簡単にリセットしてきたけど、本当にどん底の状態だった?  自分で状況をよくする努力をした?  横井くんに求めるばかりで、自分ではなんにもしてこなかったのでは?  もう一度横井くんの顔を見る。  私は横井くんが望んでいることを聞こうとしていた? 横井くんの行動からきちんと汲み取ろうとしていた?  彼は口下手で不器用だ。求めているものが言葉通りだったとは限らない。  受け入れるのは得意だと思っていたけど、私は横井くんのことを受け入れていた?  考えれば考えるほど、状況に流されていただけとしか思えない。  私が横井くんをどう思っているのか。私が未来をどうしたいのか。  今度こそ流されるんじゃなくて、自分の意思で選ぶべきだ。 《リセットしますか?》 「いいえ。私はリセットしない」  最近なんだか紗が掛かっているように見えていた世界。ここで一気に焦点が合って、鮮明になった気がした。
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