第一話 サイダーを分けあって飲む金曜日 君の名前を僕は知らない

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第一話 サイダーを分けあって飲む金曜日 君の名前を僕は知らない

◇  太陽が雲を割った瞬間、強い日差しが海面を照りつけた。  まるで油膜みたいにまぶしい。白いキャップを被ってるけど、それでも熱が伝わって、首筋に汗をかくのが分かる。暑いのは苦手だ。夏という季節も。息苦しくてたまらない。それなのに私は毎日のように、この海辺に来てしまう。正確には、海が見える道沿いにすぎないのだけれど。  ガードレールにそっと触れる。そのうち触れなくなるくらい、これも熱くなるだろう。アスファルトから立ちのぼる熱気で汗まみれになりつつある。それでも、私はしばらくその場所から動けない。  図書館が開館するのは九時だ。それまでのあいだはここで、海を見ると決めていた。潮風が頬をなぜてゆく。どこまでも平坦なぬるい風。ふいに私は泣きたくなる。このまま、なめくじみたいに溶けて消えたくなってしまう。にじみそうな涙を、すんでのところで押しとどめた。泣くなら夜の方がいい。こんなにまぶしい朝じゃなくて。  そんなふうに佇んでいたから、人の気配に気づかなかった。いつもたいてい、背後には気をつけているはずなのに。気づけば、その子は私のすぐ隣に立っていた。空気のような自然さで。ふわっともう一度だけ、眼前を風が吹き抜ける。泣きそうになっていたのを、見られてしまったかもしれない。そんなわけがないのに、意識すると顔がほてった。  その子は、高校の制服を着ていた。私と同じくらいの背丈。もう、学校なら始まっているはずなのに。 「きれいだね、海」  彼はひとこと、そう言った。  独り言に思えるのに、話しかけたみたいな声。違う、これは本当に私に話しかけたのだ。  突然のことにうろたえた。それでも何か言わなきゃと思って、「うん」と応えた声がかすれた。セミが盛んに鳴いている。私は誰かと話をしたのが、とても久しぶりだと気づく。
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