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◇
「連絡先、教えてよ」
彼がそう言ったとき、私は言われたことが少し信じられなかった。そんなことを男の子に言われたことがなかったから。思わず反射でうなずいて、自分のしぐさが恥ずかしくなる。
ふわふわして、めまいがした。これからは偶然を頼らなくても、彼と言葉を交わせるのだ。
スマートフォンのロックを外す。
22 04 25
指先を一瞬だけ止める。なんでパスワードをこの数字にしたのか、私はなぜか思いだせない。思いつく限り、誰の誕生日でもないはずなのに。何か印象的な出来事がこの日にあったんだと思う。でも、まったく覚えていない。その「分からなさ」を奇妙にいぶかしみながら、一方でそれはとても大切な日にちのような気がして、分からなくなった今もまだ、その数字を手ばなせない。メッセージアプリをタップする。彼のアイコンの隣には「カケル」と表示されていた。下の名前。本名かな。そんなことまでもう気になる。
「岬っていう名前なんだ」
彼も同じ感想を持ったみたいにそう言った。今さらフルネームで登録していたことに気づく。咲耶岬。名字の方が名前みたいって、よく言われた。
私は最後まで彼に「どうして?」って言えなかった。なんでこんなふうに話しかけてくれるのか。学校に行っていないのはもう服装で分かっているだろう。髪もすごく短いし、全然女の子っぽくない。ボーイッシュには中途半端に背だって低い方だし、特別可愛いわけでもない。ジーンズにスニーカーという姿は、あまりにダサいような気がした。彼の制服の方がよっぽど洗練されている。私は地味な不登校児で、このまま誰とも関われずに死んでいくんだと思っていた。それでもかまわないって思っていたはずなのに。
「じゃあ、またね」
彼はいつかと同じように、私にむかって手を振った。その顔が微笑んでいるように見えて、その表情の変化に私の目は奪われる。その瞬間、まだ会ってまもない男の子に、間違いなく恋をしていた。
その日の夜、さっそくカケルくんから連絡がきた。
『なんか、勢いで繋がってよかった?』
そのたった一言から目が離せなくなる。カーテンの隙間から見える空はもう夜になっていて、同じ空の下で言葉を交わしてる事実に現実が追いつかなかった。
ぐるぐるひとりで迷ったすえ、私は文字を入力する。
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