第二話 放課後のチャイムが鳴って   僕はまた取り残される空のまぎわに

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◆ 『なんか、勢いで繋がってよかった?』  そう送った瞬間、どんな日本語だよと思った。これでもずいぶん吟味して、言葉を選んだつもりなのに。あのとき、彼女がスマートフォンを出してくれた幸運が今でも信じられなかった。だから、その現実が消えてしまわないうちに言葉を送ることにした。そうしないと、繋がりかけた何かが音もなく壊れてしまう気がした。  すぐに既読がついたけど、なかなか返事は来なかった。なんて言おうか迷ってる彼女の姿が見える気がした。ピロン、と軽い通知音。その音と同時に胸がふるえた。うん、と書かれた吹きだしに思わず笑みが広がっていく。 「なにニヤニヤしてんの。気持ちわるー」  (ひじり)が容赦なくそう言って、リビングのソファに引き戻される。自分だって推しがどうのこうのわめいているくせに。一個下の聖もたぶん夏休みのはずだ。 「(かける)ー、聖ー。順番にお風呂入っちゃって」  台所にいる母親からせわし気に声をかけられて、「じゃあ先に入るー」と聖の応える声がする。あきらめて自室にひきあげると、吹きだしがひとつ増えていた。 『ちょっとビックリしたけど』  反射で『だよね』と応えていた。自分でもこの積極性が信じられないくらいなのだ。クラスのグループラインもあるけど、個別で繋がってるのはほんの数人しかいない。女子だとほんとにもっと少ない。確かクラスメイトで、ひとりかふたりだったはずだ。誰かと繋がりたいなんて思ったのは初めてだった。 『なんで私に話しかけたの?』  ポロン、とふたたびスマホが鳴る。  画面上だと、彼女は隣にいるときよりも饒舌になる。 「男の子だと思って」という言葉が一瞬浮かんだけど、それは言わないことにする。 『話したそうに見えたから』  そう思ったのも本当だった。あのひたむきな眼差しは、どこか遠くを見つめていた。まるで現実じゃない場所に憧れているみたいだった。だからこそ引きとめておきたいって、思わず願ってしまうような。 『もし、よかったら』  そう送ってしまったあと、今日彼女に言った言葉とまったく同じだったと気づく。すぐ吹きだしに既読がついて、彼女も画面を見てるんだとしびれるように意識した。 『夏休みもたまに会わない?』  彼女に連絡先を思わず尋ねてしまったとき、僕は確かめたいと思った。彼女に惹かれている理由を。泣きそうになっていたわけを。できれば手が届く場所で、ずっと見ていたいと思った。その衝動は、とてもありふれた恋の始まりだった。同時に僕は彼女のことを、ただもっと知りたいと思った。うん、と言葉が追加される。知らないうちに、自分の口元に笑みが広がっていた。  
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