第二話 放課後のチャイムが鳴って   僕はまた取り残される空のまぎわに

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◇ 『夏休みもたまに会わない?』  その一言を繰り返し、まるで反芻するように眺めている自分がいた。今度はあまり迷わなかった。なんだか信じられないと思う。彼と話しているあいだ、無機質な物体のスマートフォンに温度が宿るようだった。私のなかの私が、冷めた感じで忠告する。あんまり浮かれない方がいいよ、と念入りに釘をさす。それも本当にその通りだ。でも、こんなふうにアプリでやり取りするのも久しぶりで、もう少しだけ幸福な余韻に浸ることにする。今までずっと胸のなかには「鬱屈」しかなかったのに。それがどんどん増大して、いつか私を消してしまうような気さえしてたのに。画面に灯った言葉は、小さな光のようだった。その言葉が直接、私のなかに鳴り響いて、じんわり温かい気持ちになる。 (こんなのって、久しぶりだ)  あらためて、私はそう思う。  この際、気まぐれでも暇つぶしでも何でもよかった。ひとりで海を見ていたら、いきなり声をかけられたこと。サイダーを分けあって飲んだこと。連絡先を交換して、画面越しに話すこと。気づけば、そのどれもがかけがえのない出来事だった。  私は今日、もう一度会えたらいいと思って、あの川辺で待っていた。そしたら本当に会えたのだ。その瞬間、私は今はこれだけでいいと思った。たとえどんな理由でも、彼はどこにも属せなかった私を見つけてくれたから。今はその事実が胸の底を満たしていた。次に会う日にちを決めて、スマートフォンをオフにする。部屋のなかを満たしてるいつもと同じ暗闇が、ほんの少し優しく見えた。
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