37人が本棚に入れています
本棚に追加
◆
『じゃあ、また八月に』
最後にそう約束して、スマートフォンをオフにした。正確にはこの日が、彼女との交際の始まりだった。きっと今年は特別な忘れられない夏になる。そんな予感がすでにしていた。なんで彼女に惹かれたのか。その理由を僕は、およそ一カ月かけて探しあてることになる。
ピロンと通知音がしてまた彼女かと思ったら、クラスメイトの女子だった。
『夏休み始まったねー』
まるで会話の続きのように、ゆるい言葉の切れ端が映る。
なんて言おうか迷う数秒、
『クラスでどっか行こうよー』
と書かれた吹きだしが下に並ぶ。もしかしたら、クラスのグループラインと間違えているのかもしれない。こんなふうに女子から話しかけられるのはめずらしかった。
『またそんときは連絡してー』
同じテンションで言葉を返す。つられて語尾が長くなる。『り』という短い返信がきた。
来たる八月初旬。どこへ行こう、と思案する。まだほんのちょっと話しただけの女の子と。図書館の帰り道。彼女はそう言っていた。本が好きなのかもしれない。
夏休みの課題に読書感想文があったかもしれないな、と思う。それを書くための本を借りてみるのもいいかもしれない。彼女が普段何をしているか知りたいと思う自分がいて、なんかリアルにキモいなと思う。聖に言われるまでもなく。そんな自分に苦笑する。
まだいくつか話したいことが頭のなかに浮かんだけれど、あまり話しかけるのも迷惑だろうと思ってやめた。
「翔―、空いたから次入ってー」
階下から母親が呼ぶ声が響く。僕はその呼びだしにおとなしく応じることにした。
最初のコメントを投稿しよう!