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「外は暑いから」
そう言って少女は店員にメロンソーダを注文した。状況に感情がついていかない。喉が渇いているのは事実で目の前の少女につられるように、アイスコーヒーを頼んでいた。
「えっと、協力してほしいことって……?」
その前にもっと聞かなきゃいけないことが色々あるはずなのに、突きつけられた言葉が頭の奥に残っていて、思わずそう言っていた。初対面の女の子と一緒にいる現実に意識が置いていかれる。店内は奇妙に明るかった。こんなに暑くなければ、ついていかなかったかもしれない。少女には、どこか有無を言わせぬ迫力と勢いが備わっていた。従わざるを得ないと、こちらが降伏するような。ボクのことを知ってると匂わせられたせいだろうか。
「見てほしいものがあるの」
少女はそう切りだした。
机に差しだされたのは、A4サイズのノートだった。
表紙にはイニシャルが書かれていた。
M・S――咲耶岬。
几帳面そうな、それでいて丸みを帯びたアルファベット。うながされるままページを開く。そこには彼女と思われる文字で言葉がつづられていた。夏休みが始まる前、男の子に会ったこと。川辺で彼を待っていたら奇跡的に会えたこと。連絡先を交換して、彼の名前を知ったこと。夏休み中、一緒にどこかへ出かける約束をしたこと。思わず目を逸らしたくなる。
それは彼女の日記だった。しかもすごく個人的な。
本当ならこんな場所で、昼間のファミリーレストランで開いていいものじゃない。
「見ての通り、これは生前の彼女の日記」
事実を確認するように、目の前の少女がそう言った。アイスコーヒーをひと口すする。相変わらず味はしない。ただ冷たい液体が喉をすべり落ちていく。
「これを手に入れたのは偶然だった」
少女はメロンソーダに手をつけようともしない。
「しばらく貸してほしいって頼んだの。そうすれば……」
その先の言葉は続かなかった。
ボクはだんだんこの状況が居たたまれなくなってきた。そもそも、なんでこの子はボクを知っているんだろう。そして、こんな場所で彼女が書いた日記を見せようとしているんだろう。でも、その質問を口にすることはできなかった。最初からボクの方に発言権はない気がしたから。それでも、途切れた言葉を繋ぐように聞いてしまう。
「彼女の友達?」
少女はその言葉を否定も肯定もしなかった。一心にノートを見つめている。次に何を切りだそうか考えあぐねているみたいに。
「岬さんは夏休みに、出かける約束をしてた。去年の八月三十日に」
その一言が胸に刺さる。
その日は、ボクが彼女を見殺しにした日だったから。
少女の揺るぎない言葉は続く。
「その日、彼女がどこに行こうとしてたか知りたいの」
切実な光を帯びた目が、テーブルごしにボクを射抜く。
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