第三話「命って燃えるんだね」と言う君の線香花火のような傷痕

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第三話「命って燃えるんだね」と言う君の線香花火のような傷痕

◇  八月の初め。  最初に行ったのは、いつも行ってる図書館だった。読書感想文用の本を借りなければいけないらしい。私は、あんなに毎日図書館に通いつめているくせに、決して読書家の方じゃない。それが今さら恥ずかしくなる。  彼はさんざん悩んだあげく、『夏の扉』を借りた。ハインラインのSF小説。 「これは面白いよ。映画にもなってるし」  さいわい知ってる本だったから、私はそうコメントした。だいぶ前に読んだきりで、詳細は忘れてしまったけど、ただ面白かった記憶だけが残っている。 「じゃあ、これにしようかな」  いつもひとりでいるから、誰かと一緒にいるのがこそばゆいような感じだった。私も何か借りようと決める。そうすれば、また一緒に出かけられる気がしたから。  夏のあいだ、図書館は貴重な避暑地であり、現実に留まらせてくれる唯一の居場所でもあった。何の変化もない停滞した部屋にいると、自分の存在が融解しそうなだるさにたびたび襲われる。いっそのこと全部、なくなってしまえば楽なのに。私は自分の体をいつも持て余していた。生きる目的が何もなかった。それは予想以上に、ずっと恐ろしいことだった。何も生みださない体。生産も消費することもない平坦でなだらかな日々。きのうと今日の境目はどんどん曖昧になっていって、私はその絶えまない時間のなかに閉じこめられる。絶望的にひとりだと思った。「どこかへ出かける」ことができれば、何もない日々が少しだけ、マシなものになる気がした。でも、そんな日々すらも気休めの延長でしかなかった。 ――話したそうに見えたから。  なんで話しかけたの? って聞いたときの彼の言葉を、胸の内で反芻する。  彼が私にかまうのは、それだけではないだろう。  なんとなく、そんな気がしていた。でも、純粋な好意じゃない。そう思っていないと、うぬぼれそうで怖かった。私は自分に自信がない。まったくないと言っていい。中途半端に優しくするならかまわないでほしいのに。そんなことも、今は言えない。  本当の理由をいつか、彼に聞くことはできるだろうか。 「次はどこに行こっか」  そう問いかけるカケルくんに、私は首をかしげてみせる。
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