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初めて訪れる図書館は、見るものすべてが新鮮だった。静かな館内。整然と並ぶ書架。本だけじゃなく、雑誌やDVDコーナーもあった。物めずらし気に眺める隣で、彼女も本を選び始める。よく来ていることが彼女の所作から伝わってくる。
中学のとき、僕も一時期、学校に通えなくなった。不登校というほど長い期間じゃなかったけど。夏休み明けの九月だった。具体的な理由(人間関係の悩みとか)が、特にあったわけじゃない。気づいたら、そうなっていたのだ。それは、自分でも説明することができない感情だった。あそこで追いつめられていたら、何か一歩間違えば、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。それほどの濃い鬱屈が自分のなかに渦まいていた。十三か十四歳のときだ。だからきっと彼女も、多少の違いはあっても、あのときと同じ暗闇をさまよってるんだろう、と分かった。
(だから、僕は彼女をほうっておけないんだろうか?)
自分自身に問いかける。
そういう気持ちがまったくないわけじゃない。でも、それだけとも違う。
――なんで私にかまうんだろう。
彼女の仕草や目線に、その疑問が透けていた。
なんでだろうね。
心のなかで僕は応える。
人が誰かに惹かれるのに、理由なんているだろうか。理由はたいてい後づけだ。僕が過去を思いだすのも、単に彼女の投影にすぎない。理由のひとつではあっても、決してそれがすべてじゃない。
彼女は『夜間飛行』を選んだ。サン・テグジュペリの長編小説らしい。
『星の王子さま』しか僕は知らなかった。
『夏の扉』と『夜間飛行』
どちらも目を離せなくなるいいタイトルだな、と思った。不安定に揺らぎ続ける僕たちにふさわしいような。今日の彼女は少しだけ服装が違っていた。パーカーはいつもと同じだけど、下はふわっとした長めのプリーツスカートをはいている。靴はスニーカーだから、甘すぎない感じが彼女の雰囲気にあっていた。
「もしかして、いつも男装してたの?」
スカートをはいてる時点でもう男子には見えなくなる。たとえ遠くから眺めても。
「男装ってほどじゃないけど」
彼女は口をつぐんだ後、小さな声でつけ足した。
「平日にふらふらしてると、目をつけられることもあるから。だからカケルくんのことも、最初はちょっと警戒した」
そりゃそうだろうな、と思う。
僕の場合は男子かと思って声をかけたわけだけど。ああいう状況じゃなければ、すれ違っただけだろう。あの日、視界に入ったことが特別なような気がしていた。海を見ていた横顔が妙に印象に残ったことを、今でも僕は覚えている。
「次はどこに行こっか」
そう質問すると、彼女は迷うように首をかしげた。その困ったような、戸惑った表情ごと彼女を抱きしめたいと思う。そして、そんなことを思う自分にやっぱり引いてしまう。この前会ったばかりなのに。バイトしなくちゃな、と思った。彼女の望みがどこであれ、連れていってあげられるように。
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