第一話 サイダーを分けあって飲む金曜日 君の名前を僕は知らない

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◆  その日、学校をサボったのに特別な理由なんてなかった。朝から馬鹿みたいに暑くて、それでだいぶ気力を吸いとられたせいかもしれない。それでも、たいてい毎日登校してるんだから、その日行かなかったのは、ただの気まぐれと言っていい。サボると決めた直後、少し体が軽くなった。何事にもやる気がでない日というのは、たまにある。もともと遅刻気味だったから、通学路には誰もいない。それでも、まわれ右をして帰ることはできなかった。この時間は母親がいる。帰ってもまた高校に送り返されるだけだろう。制服を着た高校生に行ける場所はあまりない。てきとうにブラブラしようと決める。でも、それも問題があった。ただあてもなく歩くには、今日の気温は暑すぎる。今が七月の半ばだということをすっかり忘れていた。でも、どうしようもない。  海を見ている男の子を見つけたのは、そのときだった。白いキャップに半袖のパーカー、擦りきれたジーンズをはいている。 (この子もサボりかな)  僕は共犯者を見つけたみたいな気分になる。思わず話しかけたのは、その子も暇そうに見えたからだ。普段の僕にはまったく考えられない行動だ。学校をサボった高揚と暑さで、どうかしていたに違いない。 「きれいだね、海」  隣に立ってそう言うと、その子は驚いて僕を見た。頬が赤く染まっていた。目が合った瞬間、その子が女の子だと気づいた。泣きそうな目で見返されて、自分がとても悪いことをしてしまった気持ちになる。僕は激しくうろたえた。これじゃ、怪しい人みたいだ。一応学生だってことは分かってもらえると思うけど。  永遠のような一瞬のあと、彼女は「うん」とうなずいた。そのひとことだけで、救われたような気持ちになる。いつのまにか止めていた息をようやく吐きだすと、セミの声が戻ってきた。
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