第三話「命って燃えるんだね」と言う君の線香花火のような傷痕

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◆ 「勉強を教えてほしい」  彼女にそう言われたとき、もちろん僕は了承した。忘れていたけど、僕にも夏休みの宿題がある。花火は今度にして、また図書館で会うことにした。彼女が持ってきたのは、高校を受験するテキストだった。通信制の高校を受けることにしたらしい。なんだか前に見たときと、顔つきも違って見える。何かを決心したときの清々しさが漂っている。 「ごめんね。急にこんなこと頼んで」  開口一番、彼女は申し訳なさそうにうつむいた。 「全然いいよ」  彼女が持参したテキストをパラパラ開いてみる。勉強は得意な方じゃない。頼まれておいて何だけど、うまく教える自信もない。それでも、彼女がそう決意したのが嬉しかった。 「親にももう話したの?」  コクンと彼女はうなずいた。 「なんか、よかったって泣かれた」  そう言う彼女は恥ずかしそうだった。その気持ちには覚えがある。僕も数年前、同じ感情を味わった。親に心配と迷惑をかけているという罪悪感。 「うちの親、離婚してるんだ。だから余計、きちんとしなきゃってプレッシャーがあって、それでもうまくいかなくて……」  その先の言葉は続かなかった。僕は彼女が必死に何かをこらえようとしてるのが分かった。いたましさ。やるせなさ。自分に対するふがいなさ。そういったリアルな切迫感が直に伝わってくるたび、「大丈夫」って言いたくなる。人生なんて一瞬で、何もしなくても過ぎていくから。泣きたくなったら僕がいつでも話を聞くから、だから。 「泣かないで」って言いたいのかもしれない。  浮かんだ言葉は、結局どれも声にならなかった。彼女がその先の言葉を言えなかったのと同じように。僕は曖昧に微笑んだ。何も言葉を交わさなくても、通じあえたような気がした。それがたとえ僕のひとりよがりな錯覚でも。  僕たちはその日、夕方に近い時間まで勉強した。不思議だ。ひとりだと脱線して、いつも全然進まないのに。彼女といると、それだけで賢くなれるようだった。いつもより頭のなかが明晰になっている感じ。単に静かで集中できる環境のせいかもしれないけれど。  僕は今後も、彼女と一緒にいるところを想像する。たとえこの夏が終わっても。秋が始まって冬になっても。その想像はいっとき、未来を照らすようだった。午後のまぶしい光のなかで、僕はいつまでも彼女と並んで座っていたかった。
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