第三話「命って燃えるんだね」と言う君の線香花火のような傷痕

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◇ 「通信制でいいから、来年高校に入りたい」  そう言うと、お母さんは目にいっぱい涙をためて、「がんばってね」と言ってくれた。「本当によかった」とも。その一言だけで、どれだけ心配をかけてたか分かった。同時に、ずっと拭えなかった心の澱みたいなものが、ゆるりと溶けていくようだった。何の目的もない日々は、想像以上に私の心身をむしばんでいたのだ。まるで悪い夢から覚めるようにそう思った。 「勉強を教えてほしい」  カケルくんにそう言うと、すぐに承諾してくれた。それもホントにありがたかった。ひとりじゃない、ということが。あのまま繋がれなかったら、日々の汚泥から抜けだせないまま、ずぶずぶ沈んでいただろう。 (これで、前に進めるんだ)  そんな確かな予感が、胸のなかを満たしていた。そんな気持ちになるのは、本当に久しぶりだった。同時に自分がとても甘えてたことにも気づかされた。カケルくんがいなかったら、そう思えなかったことにも。 (不思議だ。私が自分から変わりたいと思うなんて)  結果はどうなるか分からない。  何せ一年以上もずっと勉強をサボってたのだ。相当がんばらなければ、高校には行けないだろう。それでも今は、自分に目標があるのが嬉しかった。カケルくんは高一で、本当なら私も高校生だったはずなのだ。忘れていた焦燥感が、胸の内に湧きあがる。それはどちらかといえば、きっと良いことなのだろう。今まで、私は焦燥を感じることもなかったから。  ただ、消えたいと思っていた。日を照り返す海面や波しぶきを眺めながら、この重たい体を手放すことができたら、どんなにいいだろうと思った。でも、今はもうそんなことは思わない。完全にその気持ちを手放せたわけじゃないけれど。  図書館で彼と一緒にいると、空気がやわらかくなるようだった。 (どういうわけか、カケルくんには私の気持ちが分かるみたい)  不登校児で居場所がなくて、友達なんてひとりもいなくて、いつも消えたいと願っていたこと。そのすべてを、まるで全部見透かされているようだった。初めて会った日からずっと。告白なんて絶対できない。こんなに私にかまうなら、彼女はいないと思うけど。カケルくんの世界には、彼が行ってる学校には、魅力的な女の子がきっとたくさんいるはずだ。今どきのとてもおしゃれな、キラキラした女の子が。その想像はいつも、私の心を重くした。 「花火はまた来週にしよっか」  彼が穏やかな口調で私に話しかけるたび、その横顔に聞きたくなる。  どうして私をかまうの? って、前と同じ質問を。  でも、いつも口に出せない。 (カケルくんはたぶん、本当にとても優しいんだ……)  けがをしている鳥が羽ばたけるようになる日まで、ずっと見守っているような、そんな種類の優しさだった。彼の視線のなかには、そんな温かさがあった。そのたび、私はいつもうつむきたくなってしまう。彼の視線に入るのが恥ずかしいような気持ちになる。いつも胸が焦がれるほど、隣にいたいと思ってるのに。  夕方になっても窓の外は、相変わらずとてもまぶしい。私はいつまでも彼と並んで座っていたかった。
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