第三話「命って燃えるんだね」と言う君の線香花火のような傷痕

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◆  いつのまにかカレンダーは、もう八月に移っていた。一カ月ちょっとある夏休み。始まる前は、とても長い休暇に思えるのに、過ぎていくとあっという間だ。花火は海辺でやることにした。昼間は海水浴客でにぎやかな海岸も、夜なら静まっているだろう。女の子と花火の約束をするなんて初めてだった。クラスのグループラインでは、近日の花火大会で集まるメンバーを募集していた。 『翔(かける)くんも行くでしょ?』  そう聞いてきたのは、日向という女子だった。僕と一緒でめずらしい名字。大勢で集まるのは、実はあんまり好きじゃない。あとでどっと疲れるから。同様に人混みも苦手だった。僕は静かにひとりで過ごす方がむいている。あるいは気の知れた誰かとふたりで。 『行けたら行くー』  さんざん迷ったすえ、煮え切らない返事をした。たぶん行かないような気がした。それより僕は彼女と、同じ夏を過ごしたかった。手差しの花火をするなんて、どれくらいぶりだろう。そもそも日が落ちたあと、女の子を呼びだすこと自体も初めてだった。今さらだけどいいんだろうか。そう思いながら、消火用の小さいバケツと花火の束を持っていくと、彼女はすでにそこにいた。日が落ちたあとの空が濃い群青色になって、彼女の輪郭を際立たせる。彼女はワンピース姿だった。ワンピース! 僕はなんとか平静を保つ。そんな女の子らしいかっこうをしてくると思わなかったから。潮風が吹いて、裾が揺れる。彼女は軽く手をあげた。上気している頬が離れても見えるようだった。 「ごめん、少し待ったよね」 「大丈夫」  波が寄せて返す音。今日、彼女は白いキャップを被っていなかった。なんだか雰囲気も違っていて、まるで発光して見える。なんて、言い過ぎかもしれないけど。  海辺で見あげる空は、いつもよりずっと広かった。雲がいくえにも重なっている。その風景のひとつひとつが奇跡みたいに美しかった。花火をするのが何年ぶりか、考えても分からない。子供の頃は、家の庭でやったような気もするけど。 「花火なんて久しぶり」  はしゃいだ声がまるで思考を読んだように、心の内とピッタリだった。虫よけにもなるキャンドルの先端にマッチで火をともす。シュッとこすれる音。一瞬で燃える小さな火。風で消えないように手のひらで覆った直後、彼女の横顔も明るい炎に映えるようだった。持ってきたバケツに水を張る。少し離れたところに蛇口があって助かった。あらかじめばらしておいた花火を一本彼女に渡す。いいの? と彼女が視線で問う。僕は無言でうなずいた。花火の先に火をかざすと、数秒ののち、パチパチと小さな光が闇に踊った。 「わあ、きれい」  彼女が顔を輝かせる。ふと、お酒が飲みたくなった。未成年だから飲めないけど。はるか彼方の水平線は夜に沈んでもう見えない。弱くまたたく星の光。たえまなく寄せる波の音。彼女につられて僕も、一本花火に火をともす。たちまち炸裂する光。煙が風に流れていく。こういう時間が続けばいいと願っている自分がいた。不思議だ。そんなこと思うなんて。まだ出会ったばかりなのに、まるで何年も前からずっと知っていたように、同じ光を見ているなんて。
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