第三話「命って燃えるんだね」と言う君の線香花火のような傷痕

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「うち、離婚する前、父親の暴力がけっこうひどくて」  ふいに思いだすように、彼女がそうつぶやいた。 「今思いだしても、ちょっと震えが来るくらい。やっと離れられた後も、色んなことがうまくいかなくなっちゃって……」  僕は何も言わなかった。ここで安易な相槌を打つことなんてできなかった。  風が彼女の髪をさらう。花火の爆ぜる音がする。 「それで、クラスの子とも話せなくなっちゃったの。どう教室でふるまってたか、どんどん分からなくなっちゃって。登校しようと思うたびに吐き気がして、実際に吐いた。受験勉強もできなかった。でも、何もしないって相当キツいんだなって分かった。フリースクールも行けなくて、でも家にもいたくなくて。それでずっと図書館にいたの」  退屈だよね、こんな話。  彼女は首をかしげるような仕草で僕に笑いかける。  そんなことないよ、と僕は言う。むしろ彼女がこんなに話してくれたのが嬉しかった。誰でもちょっとした拍子で動けなくなるときはある。僕たちを取り囲む「世間」が求める理想の姿があって、たまたま彼女はそこから少し外れたに過ぎないのだ。十代なんて体は成長していても何もできない。ごく一部の限られた世界でひとたび居場所を失ってしまえば、逃げ場を探すのは容易ではない。 「僕も、少し学校に行けなくなる時期があったよ」  もう思いだしたくもない過去。  あのときそこから抜けだせたのは、僕の味方になってくれた両親のおかげなんだろう。  そういう安全パイがない辛さは想像したくなかった。 「だから、なんとなく放っておけなかったのかもしれない」 「カケルくんは優しいね」  そう言った彼女の表情がぞっとするほどさみし気で、僕は目を逸らせなくなる。その目の奥に宿った暗い光を見た瞬間、僕は彼女がいつか死ぬつもりだったと分かった。僕が彼女を救えたなんて、そんなことは思わない。そんなのうぬぼれも甚だしい。ただ、今彼女がここにいてくれるのは、いくえにも積み重なった偶然のおかげだと分かっていた。 「次は一緒に何をしたい?」  あんなにたくさんあった花火は瞬く間になくなって、僕は線香花火に火をともしながらそう聞いた。彼女の気持ちを現実に留めていたいと願うように。 「しばらくは勉強しなくちゃね」  線香花火はすぐ爆ぜて、懐かしいにおいが鼻をかすめた。小さな火の玉が地に落ちる。命が燃えているような、そんな光のように見えた。
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