第三話「命って燃えるんだね」と言う君の線香花火のような傷痕

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 当時のことを思いだす。あのとき、彼女はひとりで交差点を渡っていた。ひどくあわてた様子だった。信号は点滅していて、ギリギリ変わるところだった。事故が起きたのは、その直後。彼女は直進してきた信号無視のワゴン車に突然跳ねとばされた。目の前で起きたことが、一瞬信じられなかった。見なかったことにしたかった。轢かれたのを、目の前で見たのに。その事実を現実として認識してしまうことを、ボクのなかの何かが頑なに拒否し続け――そのすえ、ボクはその場から逃げだした。あのとき、すぐにボクが救急車を呼んでいたら、もしかしたら彼女は、助かったかもしれないのに。  手渡された日記をめくる。それは去年の八月一日から始まっていた。図書館の帰り道に、ひとりの男の子に会ったこと。図書館。彼女はフリースクールに行かない代わりに――ボクと顔を合わせないために、図書館に毎日通っていたのだ。  ボクの名前もそのなかで見つけた。たった一か所。一行だけ。  ――こんなふうに話すのは、渡谷(みのる)くん以来だな。  彼女の筆跡で書かれた自分の名前から目が離せなかった。心の奥が強く軋む。それ以上は読めなかった。彼女の未来を、これからも続くはずだった日常をボクが奪ったという事実に、いつも目の前が暗くなる。これ以上生きていたくない。でも、死ぬことすらできない。そんな方法で楽になるのを、いつかのボクが許さなかった。 「何か分かったら、いつでも連絡して」  一連の会話の最後に、日向さんはそう言った。そして言われるままに、連絡先を交換した。 (そもそもボクに頼まずに、彼に聞けばいいじゃないか)  そう思ったのは愚かにも、日向さんと別れてファミレスを出た後だった。でも、すぐに思い直した。もしも、直接彼に聞けない事情があるとしたら。  ボクは、さっそくラインで訪ねてみることにした。依頼を受けた以上、疑問を残しておくわけにいかない。ボクの予想は当たっていた。 『日記に出てくる男の子に聞いてみることはできないの?』  彼女が(おそらく自分から)好きになった男の子。  ボクが手を伸ばしても届かなかった光を、すべて手に入れた相馬翔。 『会えるけど、話せないの』  というものだった。  さらに言葉がつけ足される。 『相馬翔くんは、岬さんが死んでからずっと眠り続けてる』と。  
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