第四話  遠くまで行くには翼が必要で 一番星には君の名前を

1/12
前へ
/54ページ
次へ

第四話  遠くまで行くには翼が必要で 一番星には君の名前を

◇ A4サイズのノートの表紙には、自分のイニシャルを書いた。 M・S  そう書き終わってから、いまだにカケルくんの名字を知らないことに気づく。名字どころか、私は名前の漢字だって知らないのだ。登録は片仮名だったけど、本名はそうじゃないだろう。  日記をペンで書くのは、思った以上に楽しかった。なんでもっと早くやらなかったんだろうって思ってしまうくらい。でも、なんでやらなかったか自分が一番知っていた。何も書くことがなかったからだ。それくらい、私は空っぽだった。空っぽでしかいられなかった。そもそも机にむかって何かを書くこと自体久しぶりだ。言葉だけじゃなく数式も、英語も。書くと、こんな字だったんだって初めて発見するような鮮烈さが湧きたった。  この前の花火のことを、さっそく余白に書く。たくさんの花火を分けあって、カケルくんとやったこと。海がきれいだったこと。線香花火が懐かしくて、思わず泣きそうになったこと。カケルくんが静かに話を聞いてくれたとき、私は過去をまるごと許容されたような気がした。そんなことは初めてだった。今までそんな気持ちになったことなんてなかったのに。私は思うままに書く。書くと言葉が止まらなくなる。カケルくんが心の奥のボタンを押してくれたのだ。今までせき止めていたものが一気にあふれるようだった。どんどんあふれて止まらない。 (勉強しなきゃ)  あらためて思う。  そうすれば少しでも長く、彼と一緒にいられる気がした。  ――次は一緒に何をしたい?  その質問がまだ胸のなかに残っている。まるで光の余韻のように。 『夏休みの終わりに、どこか遠くへ行きたいな』  私はメッセージアプリを通して、彼にそう告げていた。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加