第四話  遠くまで行くには翼が必要で 一番星には君の名前を

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◇  カケルくんは夏休み中、バイトをすることに決めたらしい。アルバイト。とても憧れる。あと二年したら、私だって働けるのだ。カケルくんも十六だけど、年齢を二年ほど割り増して面接で通ったと言っていた。会えない日が続くと、胸の内がシュンときしむ。でも、それすら新鮮だった。誰かに会いたいと思うなんて。会いたい人がいるなんて。それはとてつもなく幸福で満たされることだった。それに数日会えなくても、ラインで繋がることはできる。  そう思いながら八月は瞬く間に過ぎ去っていった。ふたたび連絡があったのは、お盆を過ぎた頃だった。 『八月三十日にする? もう少し早くても全然いいけど』  そんなメッセージが届く。一緒に「どこか遠く」へ行く日。  うん、と私は返信する。どこへ行こうか考える時間は、それ自体が特別だった。特別で、とてもかけがえのないこと。カケルくんとこうやって話すようになってからも、私は毎日図書館に行く。それは気づけば大切な習慣のひとつになっていて、もう今さらやめられない。定期的に自分で切ってた髪を切らずにいたら前より伸びたけど、そのままにしていた。このまま伸びるといいなと思う。そんなことを乙女みたいに考えるのも初めてで、私はちょっと笑ってしまう。カケルくんと出会ってから、世界は美しさを増した。私の目がおかしいのかな。なんだか空気がキラキラしてる。見えない光の粒子があちらこちらで反射して、空を眺めているだけで私は泣きそうになってしまう。  朝起きたときの信じられないようなだるさも、もう最近感じない。この広い世界で、たったひとり繋がれる人がいるだけで、こんな変化が訪れるなんて想像することもできなかった。  お母さんは朝早く仕事に行ってしまうから、洗濯を干すのは私の役目だ。前はそれすらできなかった。部屋のなかで虫みたいに丸まることしかできなかった。でも、そのときはその状態がきっと必要なことだったのだ。あの時間を通り抜けて、今の私はできている。リビングのテーブルには、おにぎりが二つラップにくるまれていた。 『がんばってね』  走り書きに近い、お母さんのメモがある。  うん、と心のなかで応える。  行き先なんて分からない。それでも、やっと何かを始められる気持ちだった。 (カケルくんのおかげだな)  何度思ったか知れない言葉を胸の内で反芻する。リビングから見える空は、完璧に澄んだ青色だった。
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