第四話  遠くまで行くには翼が必要で 一番星には君の名前を

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◆  通知の音で目が覚めて、彼女かと思って手に取ったらクラスメイトの女子だった。 『花火大会のときいなくて、ちょっとさみしかったー。ぴえん』  そんな文字が目に入る。空いた手で目をこすりながら、夏休み前に話した女子だと気づく。日向さん。下の名前は思いだせない。なんて答えようか迷う。数分考えたけれど、結局何も思いつかなかった。なんで行かなかったかなんて、明確すぎるくらいに明白だった。連日のバイトの疲れが体の節々に残っている。悪い疲れ方じゃない。バイトをするのは夏休みの間だけだと決めていた。彼女は本格的に通信制に通うための勉強を始めたみたいだった。僕もやらなきゃな、と思う。夏休みの宿題は半分以上残っている。借りたままの『夏の扉』だってまだ読めていない。普段読書しないせいか、活字を追っているだけで疲れる。目が次第にすべって、文字を追えなくなってしまう。こんなんじゃだめだな、と苦笑する。勉強を教えなくても、彼女なら大丈夫だろう。そんな静かな確信があった。もしかしたらすでに負けているかもしれないと思う。ピロンともう一度通知の音。また日向さんからだ。既読がついた吹きだしが並ぶ。 『もしかして翔くん、彼女できた?w』  同じことを聖にも聞かれた。内心動揺しながら、 『できてないしw』と答えておく。そこでやっと僕は、この子の名前を思いだす。  日向乃々花。  確かそんな名前だった。僕と一緒でクラスのなかでそんなに目立つ方じゃない。でもまったくの陰キャじゃない。アイコンは「nono」になっている。だからかろうじて思いだせた。 『夏休み中、どこか行った?』  まだ質問がとんでくる。話し相手がほしいのかもしれないな、なんて思う。それか暇つぶししたいのかも。僕は彼女と行った色んな場所を思いだす。思いだせるほど多くない。図書館と海の近くだけだ。その少なさに愕然とする。バイトしてる、と言いかけてやめた。バイト禁止かは知らないけど、十八歳と偽ってやってるのは事実だから。家族にも結局言ってない。言ったら聖辺りにたかられそうな気もするし。 『べつにどこも行ってないよ』  結局僕はそう言って、この会話を終わらせる。僕は急に彼女と話をしたくなってしまう。 『勉強中?』  彼女とのトークルームを開いて、僕はそう聞いてみる。つかのま離していた手を、そっと握り直すみたいに。
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