第四話  遠くまで行くには翼が必要で 一番星には君の名前を

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◇ 『勉強中?』 夕方、カケルくんに話しかけられたとき、私は本を読んでいた。サン・テグジュペリの『夜間飛行』返却期限がせまってるから、今度返さないといけない。カケルくんは『夏の扉』を読めたのかな、と一瞬思う。わりと長い本だから、まだ読めてないかもしれない。 他愛ない会話を交わした後、 『今度行くとこ、ここにしない?』  軽い通知音とともに、そんな言葉が表示される。インターネットサイトのリンクが下に貼られていた。そこは公園のようだった。たくさんのハスが咲き乱れてる。白、淡いピンク色、薄い水色がかった花弁。池の上に浮かぶ群生。 「きれい」  誰もいない部屋なのに、思わずそうつぶやいていた。素敵な場所だ。カケルくんと一緒に歩けたら素敵だろう。 『この公園の中心に、金色の鐘があるんだって。約束の鐘っていうみたいだけど』  カケルくんの言葉が続く。 『鳴らすと、ひとつだけ願いが叶うって言われてるみたいだよ』  ひとつだけ願いが叶う。  なんだかありがちだけど、胸が高鳴る言葉だった。 『今なら合格祈願かな』  彼の言葉に笑みがこぼれる。 『まだ始めたばっかだよ』  どこを受けるかも決まってない。それでもカケルくんが私を思って、選んでくれたなら嬉しかった。サイトに書かれた住所を見る。少し遠いけど、電車でむかえばここからでも行けそうだった。  約束の鐘。それを鳴らしたとき、私は何を祈るだろう。色んな願いが浮かびあがる。うまく言葉にできないような、もどかしいような気持ちもある。でも今は、すぐに決めなくても大丈夫な気がしていた。その場所にたどり着いたとき、自然に心に浮かんだことを遠い空に願えたら。 『じゃあ、一緒にここに行こう』  そう送信すると、すぐに既読がついて了解のスタンプが返ってきた。大きくVサインしている猫。私はまた笑ってしまう。  そして八月三十日。  待ちに待った約束の日。  私は、待ちあわせ場所にたどり着くことができなかった。
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