第四話  遠くまで行くには翼が必要で 一番星には君の名前を

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◆    不登校になるのに理由なんてなかった。  ただ、なんとなく行けなかっただけだ。まわりの大人(特に教師)は理由を訊きたがった。クラスで、学校で何か嫌なことがあったのか。目に見えない(可視化されない)イジメが発生したのかどうか。僕の場合は、そのどちらでもなかった。クラスメイトも教師にも何の問題もなく、あるのは「ただ行けない」という事実だけだった。あれはいったい何だったんだろう。僕自身が、僕の体を持て余しているような感覚。さいわい両親は理由を問い質そうとしなかった。そのおかげもあってか、ひとつの季節が終わるのと同時に僕はまた登校を開始した。今まで行けなかったのが嘘みたいに普通に。  海辺で出会った彼女が不登校だと知ったとき、最初に思ったのは「それはそんなに特別なことじゃない」ということだ。誰だってかかる風邪のようなもの。彼女のまっすぐな心根が、現状を必要以上に重くしないといいって心配もしたけれど、そのうちそれもどうでもよくなった。僕は結局、初めから彼女に惹かれていて、繋がっていることができれば、もうそれだけでよかったのだ。  彼女と行きたい場所は、さんざん迷って公園にした。電車で行かなきゃいけないけど、めちゃくちゃ遠いわけでもない。当日は最寄り駅で待ちあわせることにした。 『朝九時に、駅前集合ね』  そう送ると、OKと大きく書かれたスタンプが液晶画面のなかで踊った。大きな花が散っている。普段スタンプなんて送ってこないから、その返事を見ただけで高揚感が伝わってくる。  前日はあまり眠れなかった。遠足が楽しみで眠れない子供に戻ったような気分だ。でも、なんで眠れないか自分が一番知っていた。明日、彼女に会えたら告白しようと決めていたから。自分の好意を、自分の言葉でつたなくても伝えられたら。今の関係を越えられたら、この先もずっと長く一緒にいられるような気がした。僕は自分で思う以上に、彼女を必要としていたのだ。自分勝手な気持ちかもしれない。ただのエゴにすぎなくても、僕の本能が強く彼女のことを求めていた。たぶん最初に会った日から。
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