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最後に言葉を交わしたのは、夏休みの中頃だった。あんなに楽しみにしてたのに、八月の花火大会に翔くんは来なかった。ずいぶん迷ったすえ、ラインを送ることにした。なるべくなんでもない口調で、日常会話の続きのように。夏休み前も会話したから、変に思われないはずだ。
『もしかして翔くん、彼女できた?w』
そう聞いたのは、やっぱり彼が好きだったからだ。今だからそう分かるだけで、そのときは完全に無意識だった。ただなんとなく気になって。そうとらえてもらえるように、気をつけて聞いたつもりだった。
『できてないしw』
それを見たとき、あ、これはやばいと思った。なぜか、そのとき分かったのだ。彼には「好きな人」がいるって。誰か大切な人がいて、だからクラスの集まりに行く余裕もないんだと。夏休みが終わったら、もっと話しかけてみよう。事の真相を知るために。
そう思っていたのに、九月になっても相馬くんは教室にやって来なかった。ラインを送っても既読にならない。すごく心配になったけど、それ以上行動できなかった。たぶんあたしは傷ついたんだと思う。翔くんにとってあたしはただのクラスメイトで、それ以上の存在として見てもらえないことに。
咲耶岬という女の子が亡くなったことは、居間にいた母親に聞いて知った。
「この前亡くなった咲耶さんて子、確か同級生でしょ? 中学で同じクラスだった。お母さんPTAで咲耶さんと一時期、一緒だったことがあるのよ」
咲耶岬……?
すっかり忘れていた名前が、その台詞をきっかけに立体的に浮かびあがる。思いだすのは、中学生のときだ。一年生のとき、あたしは彼女と同じクラスだった。物静かでおとなしくて、いつも本を読んでいて、口数がとても少なくて、何考えてるのかよく分からない女の子。どのクラスでもひとりは、そういう系統の女子がいる。女子だけじゃなくて男子もいるけど、女子だとナイフで切り分けたようにそれぞれのグループに分かれるから、咲耶岬の孤立は目立った。そして、中学二年になってからはまったく学校に来なくなった。もともと薄くなっていた線を消しゴムで消すみたいに。
――消しゴム。
「あたし、咲耶さんに消しゴムを借りたことがある……」
今までそんなこと忘れてたのに。母はそうなの? という顔をする。詳しくあれこれ訊かれる前に、あたしは退散することにした。今までそんな出来事、思いだしもしなかったのに。
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