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――翔くん。
衝撃で頭の奥がしびれる。その名前が、今ここで出るとは思わなかった。
「好きな男の子って、その子のことなんですか?」
「知ってるの?」
「あたしの、クラスメイトです」
(今は学校に来てないけど)
そこまでは言えなかった。その人は目をまるくして、
「じゃあこの日記、その子に渡してくれる?」と訊いてきた。
「岬もその方がきっと、浮かばれると思うから」と。
そしてあたしはなんとなく(ちょっと放心状態で)その日記を受けとった。
咲耶岬が好きだった人。
相馬くんの好きな人。
そのふたつが今、明確な線を結んでいた。あたしは重大な任務をこの人に託されてしまったのだと。
それから、あたしはノートを手に翔くんの家に行った。相変わらずラインは既読にならなかったけど、彼なら絶対これを読みたいだろうと思ったから。でも、呼び鈴を鳴らしても、相馬くんは出なかった。代わりに出てきたのは、彼のお母さんだった。そこであたしは初めて、彼が置かれた状況を知った。彼が何らかの理由で眠り続けていることを。
渡谷くんのことは岬さんの母親に聞いた。毎月、月命日にお参りに来てくれる男の子がいて、その子はフリースクールで一緒だった子なんだと。渡谷くんにどうして名前を知っているか聞かれたとき、とっさにあたしは嘘をついた。
「日記に書いてあったから」
そう言った方が興味を持ってもらえる気がしたから。それに、それは嘘じゃない。もしかしたら、あたしに協力してくれるかも。最初は甘い打算だった。
八月三十日。
彼女が亡くなった日に行こうと思っていた場所。彼女はそこにいる気がした。そして、あたしは彼のために同じ場所で祈りたかった。
そうすれば――そうすれば、何になるっていうんだろう。翔くんが目覚めても、きっとあたしは選ばれない。それでも、このまま何もしないでいることはできなかった。心あたりが何もなくても。
あたしの無理なお願いを渡谷くんは聞いてくれた。それだけでなんか俄然、いい人なんだなと分かる。
「何か分かったことがあったら、いつでも連絡して」
そう言っておいたのに、あれから何週間経ってもメッセージは来なかった。それはそうか、なんて思う。こんな頼まれごとをよく引き受けてくれたものだ。このまま何の連絡ももう来ないかもしれない。
(ノートを渡してしまったから、返してもらわなきゃいけないな)
そんなふうに思ってた矢先、渡谷くんから連絡がきた。最初に会った日から、二週間が経っていた。
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