第五話「運命は残酷なのよ」「そうだね」と応える僕は君の棺に

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◆  気づいたら、彼女と初めて会ったガードレールの前にいた。遠い水平線が見える。これはいつの記憶だろう。何かとても大切なことを忘れてる気がするのに、それが何か思いだせない。 (僕はいったい、ここで何を……)  形にならない断片的な言葉がくり返し胸に浮かぶ。彼女の残像が明滅する。あの日に何があったのか、僕は忘れてしまっている。どんどん記憶が薄れていく。そのたび過去が遠ざかって、忘れていた傷がうずく。 (そもそも僕の前にいた彼女は、本当に「彼女」だったんだろうか)  頭の奥が強く痛む。  曖昧になる記憶のなか、「本当の過去の記憶」が脳裏でフラッシュバックする。  いくつかの映像、遠くの方で響く救急車のサイレン。  あの日、彼女はとうとう駅に現れなかった。その前に事故に遭ったのだ。そして、帰らぬ人になった。その事実を、どうしても受け入れることができなかった。  だから、僕は自分で自分の記憶に蓋をした。そしてずっと彼女と出会い直す夢をみていた。どうして彼女に会えたのか。それは、これが全部僕の夢にすぎないから。僕たちは夏休みに遠くへ行く約束をした。それはちゃんと覚えている。 (それなのに、僕は彼女の名前を思いだすこともできない)  だから、夢はいつも「遠出する約束」をすると終わる。そこで彼女はいなくなる。その先は永遠にやって来ない。悲劇をくり返したくない僕がみる幸福で終わらない夢。たぶん、あともう少ししたら最初の日に戻るだろう。僕たちはふたたび海岸で出会う。そしてまたサイダーを分けあう。一緒に図書館に行ったり、海辺で花火をしたりする。そのどれもがかけがえのない、忘れたくない思い出だ。僕は約束の場所で、彼女に告白しようと決める。でも、彼女はやって来ない。僕はそのたび混乱して、動画を巻き戻すように同じことを繰り返す。 ――それも全部、現実ではなかった。    忘れたくなかったから、彼女を。どの瞬間も僕にとって、とても大切だったから。時が経つのが怖かった。記憶が薄れていくのが。日々が過ぎていくのが。時間を止めたかった。やり直したかった。何度も何度も。その先に進めなくても。その願望が永遠に終わらない夢を生みだした。そのたび僕は引き返して、最初の日から過去をなぞる。繰り返すたび、本物の実像からは離れていく。すべて。そもそもの出会いから、美しく改ざんされていた。これが何回目の夢なのかも分からない。 (終わりにしよう)  どこかで、もうひとりの僕が言う。  これは、しょせん夢でしかない。今まで接していた彼女は、僕の意識が作りあげた精巧な幻影にすぎないのだ。僕は本当の現実と向きあわなければいけなかった。  ずっと言えなかった、彼女にさよならを言うために。
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