第五話「運命は残酷なのよ」「そうだね」と応える僕は君の棺に

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▼  八月半ばになっても変わらず何もしない日々が続いた。何もしない、できない日々。ときどき受けとってしまった彼女の日記を読み返す。 『相馬翔くんは、岬さんが死んでからずっと眠り続けているんです』と。  何度もその言葉が、くり返し頭のなかをめぐった。そのたび、胸の奥が痛む。なぜ眠り続けているのか原因は分からないままらしい。日向さんは、彼女が亡くなった日に同じ場所に行きたいのだ。それが彼女なりの祈りの行為なのだろう。それは、亡くなった女の子――岬さんのためというより、彼のためのような気がした。相馬翔という男の子のための祈り。    何もしていない時間は、想像を絶するほど長い。何もしない、分からない日々。やはり、いくら考えても、そうそう分かるものじゃなかった。そんなの頼まれた直後から分かっていたことなのに。三十日直前に、日向さんに送る文面はもう決まっていた。 『ごめん。やっぱりどこなのかは考えても分からなかった』  たぶん失望されるだろう。でも、望み薄だったことは最初から分かっていただろう。それでもボクを見つけて、ほんのわずかな可能性に賭けようとしてくれたのだ。何の成果も得られなくても。そう思うと、心のなかがわずかに慰められる気がした。行きそうな場所なんて数知れずある。少し遠いショッピングモールに行ったのかもしれないし、映画を観るつもりだったかもしれない。遊園地かもしれないし、水族館に行く約束をしていたのかもしれない。美術館や図書館もある。あげていけばきりがない。日記には、目的地のことは何も記されていなかった。ただ「どこか遠くへ一緒に行く」約束をしたのだ。たったそれだけのことは分かる。つまり、それしか分からない。    あの日はよく晴れていた。雲ひとつない快晴。ボクは散歩しているところだった。 そんなとき、彼女が轢かれた瞬間に偶然立ちあった。そのときのことは、今でも覚えている。ワゴン車はスピードをだしていて、ブレーキは間にあわなかった。あのとき走った戦慄も、まだ腕に残っている。何もかも信じられなかった。彼女はうつ伏せのまま、交差点に倒れていた。あれから、もうすぐ一年が経つ。時が経てば経つほど、罪が重くなる気がする。ボクが見殺しにした――見て見ぬふりをした女の子は、永遠に十六歳のままだ。    夕方、思いたって散歩にでることにした。このままじっとしていたら、そのうち死にたくなってしまう。今まで何度も消えたいと思ったことはあったけど、現実的に死を意識したのは初めてだった。ボクはのろのろ立ちあがる。あの日もそうだった。彼女に会えなくなって、自暴自棄になって、想い出を振り払いたくて、ひとりで歩いている途中だった。彼女を見たとき、幻かと思った。本物に思えなかった。ボクがつくりだした幻影かと。でも、そうではなかった。翌日にはニュースになっていた。それは彼女の死を伝えるものだった。西に傾いた日差しが住宅街を照らしている。そのまぶしさに泣きそうになる。その矢先、ぼんやりと立ちどまっていたら、背後から声をかけられた。
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