第五話「運命は残酷なのよ」「そうだね」と応える僕は君の棺に

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「もしかして、稔くん……?」  知らない人の声。日向乃々花じゃなかった。ボクを呼びとめる人なんて滅多にいないのに。振りむくと、ひとりの女の人がいた。 (――あ)  目が合う。  瞬間、逃げだしたくなった。  その人は、咲耶岬の母親だった。何度か彼女といるのを見たことがある。でも、一年経っても名前を覚えられているとは思わなかった。 「よかった、人違いじゃなくて。あの、いつも月命日にお参りに来てくれているでしょう? ありがとうって、ずっと言いたかったの」  ひとつひとつの言葉が胸の奥に突き刺さる。見られていたのかという気持ちと、知っていたんだという困惑。  そりゃあ、あれだけ頻繁に毎月欠かすことなく訪れていたら、バレてもおかしくない。それなのに、誰にも気づかれないとどこかで思っていた。自分はあの日から、彼女を亡くしたあのときから、透明になった気がしていた。もう誰の気もとめない存在だと思ってた。日常的に両親に無視されているからかもしれない。誰もボクをかまわなかったから。 (お礼を言われることじゃない)  本当はそう反論したかった。  でも、もちろんそんなことできなかった。ボクは立ちすくんだまま「ああ」とか「おお」に近い、できそこないの言葉をもらしただけだった。 「うち、すぐそこなんだけど、よければあがってく?」  なぜ、この人がそんなことをボクに訊くのか分からない。話し相手を求めてるなら、ボクはふさわしくなかった。でも、気づけば流れるように彼女の家にたどり着いていた。 『咲耶』という表札を見た瞬間、心臓が不穏に脈打った。そしてこれはチャンスかもしれないと思った。彼女があの日、八月三十日にどこへ行こうとしていたのか、この人なら知っているかもしれない。
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