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――と、目の前の僕は、ほんのわずかに微笑んだ。僕の決意を知っているのだ。彼は結局、僕なのだから。これが最後の夢になる。それでも、まだもう少し彼女と一緒にいたかった。現実の世界に傷ついて、ずっと消えたい気持ちでいて、それでも前へ進もうともがいていた女の子。彼女がとても好きだった。できればずっと永遠に、このまま覚めない夢のなかで彼女とたわむれていたかった。どこにもたどり着けなくても。すべて嘘だと知っていても。
「そうだよ。また何度も終わらない夢を見ればいい」
もうひとりの僕が言う。
懇願するような声だった。
(彼女を忘れたくない)
そう思うのに、僕は現実の彼女を忘れてしまう。彼女のいない世界に戻りたくないと思う僕が、何度も足をひきとめる。そのたびに、僕は最後の夏をやり直し続けていたと知る。すべてを忘れてもう一度、初めて会った日のままで。
「もう決めたんだな」
確認するような声。僕が小さくうなずくと、彼は少しずつ消えていった。何もない空間のなかに、僕ひとりが残される。ふいに湧きあがる気持ちがあった。彼女と一緒にふたりで行こうとしていた場所のこと。僕は、その場所で何かを願うはずだったのだ。その願いのかけらさえ、もう手に届かないけど。
行ってみよう、と僕は思う。
ずいぶん時間がかかったけれど、彼女とずっと行きたかった約束の場所へ行ってみようと。現実の彼女はいなくても、最後にもう一度だけ、会えるような気がするから。
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