第一話 サイダーを分けあって飲む金曜日 君の名前を僕は知らない

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◆ 「これ、だいぶ飲んじゃった」  それを後悔するみたいに、隣の彼女はそう言った。  僕は全然かまわなかった。なんならそのまま全部飲んじゃってもいいくらいだ。そのつもりで渡したから。でも、持ち帰るのも支障があったりするかもしれない。差しだされた青い瓶を、僕は無言で受けとった。何か気の利いた言葉を彼女に言いたかったけど、何も思いつかないまま、「じゃあ、またね」と手を振った。  彼女は、ほんの少し安心したみたいだった。なんだか申し訳なくなる。なんで僕は二回も話しかけているんだろう。彼女の名前も知らないのに。  彼女はクラスメイトとは違う、透明で純粋な何かをまとっているようだった。薄い膜に覆われて、彼女の姿はよく見えない。彼女は静かに世界を拒絶しているようだった。その言い表しがたい気持ちを、僕はすでに知っていた。だから、また目を離せなかったんだろうか。 ――いや、それは安直で勝手な僕の後づけだった。彼女に話しかけた理由は、僕自身も分からない。夕空の薄い水色のかなたに入道雲が湧いていた。ゆっくり押し流されるように、夏が始まろうとしていた。僕は彼女に手渡されたサイダーの瓶を振ってみる。瓶のなかでビー玉がカラカラと乾いた音をたてた。 じゃあ、またね。  さっき彼女に告げた言葉が頭のなかでよみがえる。なんでそんな言葉を僕は言っていたんだろう。再会を約束するみたいに。彼女はそんな僕に、ただ「うん」とうなずいた。初めて会った日と同じように。ひと目ぼれとも違う、圧倒的な情動が僕のなかに渦まいていた。だから彼女を見るたびに、目が離せなくなってしまう。    七月も終わりに差しかかる頃。夏休みの始まりに、僕は予感通りにふたたび彼女と会うことになる。
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