第二話 放課後のチャイムが鳴って   僕はまた取り残される空のまぎわに

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第二話 放課後のチャイムが鳴って   僕はまた取り残される空のまぎわに

◇  夏休みが始まると、私も「普通の子」に少しだけなれたような気がする。そんなの錯覚にすぎないけど、あくまでほんの少しだけ。図書館にもこれから徐々に人が増えるだろう。私は「その他大勢」の学生にまぎれることができる。いつもはおじいちゃんと、小さな子供を連れたお母さんしかいないから、なんだか自分の領域を見つけられた気分になる。こうやって外に出られるだけ、前よりマシになったのだろう。フリースクールの先生は、それを「良いこと」だと言った。「岬ちゃんのペースでいいから、ゆっくりやっていくといい」と。  私は昼間外にいると、「人生の正しいレール」から外れてしまったような気がする。そんなレールなんて、きっと幻なのに。 「また図書館?」と、お母さんからため息をつかれるようになった。  外に出られるなら、せめて学校に行きなさい。そう言いたいんだろう。  私は今の勉強にまったく追いつける気がしない。教室という空間を思いだすだけで足がすくむ。フリースクールは学校の教室とは違うけど、もう行く気になれなかった。フリースクールの先生たちは、とても優しい人ばかりだ。でも、それは腫れ物に触るような優しさだ。できる限りいたわらないと生きていけない生徒として私のことも扱われる。私は自分の傷つきやすさに、途端に自信がもてなくなる。私は人よりそんなに傷つきやすかったんだろうか。  もう少しがんばっていたら、あの場に踏みとどまっていたら、お母さんをむやみに落胆させることもなく「正しい道」を歩けただろうか。そんなことをぐるぐるひとりきりで考えていると、いつも私は消えたくなった。その気持ちを振り払いたくて――家のなかにはいられなくて、私は今日も外に出る。たとえ気温が四十度で、殺人的な暑さでも。  こんなことをしてたらいつか、取り返しがつかなくなる。おそらくお母さんは、そう思っているのだ。それが痛いほど伝わって、棘になって肌に刺さる。 (あの子に、また会えるかな)  そう思って立ちどまる。彼が着ていた制服がどこのものか知っていた。確かこの辺りの私立高校だったはずだ。そんな推測をしながら、川沿いにある道を歩く。かたむき始めた日差しがチラチラ川面に反射している。この前も図書館の帰りに、川べりで偶然会ったのだ。もう少し待っていれば、また会えるかもしれない。いつのまにかそれを期待している自分に気づく。
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