「閉鎖病棟に入院した日」

6/6
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
残った残飯をバケツに挟み込まれたザルに入れて、ゴミをゴミ箱に入れていく。食器カゴの中にそれぞれ決まったように置いていって、トレイを色ごとに端に分けておいていた。 ああすればいいのか。立った人達が離れていけば、同じようにした。 「毒はいや」とお婆ちゃんがまだ叫んでいた。その尖り声が耳に響いて、鼓膜の奥まで届いて、早く部屋に戻ろうと右肘をさすりながら、ただ歩いた。着替えも歯磨きセットも何も持ってきていない。携帯も財布も漫画もどこにあるんだろう。多分看護師の誰かが預かっているんだろう。そう思いながら、明日家族に電話して、入院の事を話して、着替えとか必要なものを代わりに持ってきてもらわないといけないと思った。 私の部屋はトイレの前にあって、就寝の時間まで誰かが行き交っていた。ペタペタとスリッパで歩く音がよく響いていた。テレビが見れるのか、どっと笑うタレントの笑い声が聞こえていた。 緊張と不安のせいか、初日の夜は一度もトイレに行かなかった。ベットに横になりながら、ただ早く就寝の時間にならないかなと思った。時計は食堂に行かないとないから、時間すらも分からない。 どれぐらい経ったのか。ドアをコンコンと二回ノックされて、返事すれば、看護師さんが薬の仕分けがしてあるカートを中に引いて、「お薬の時間です」と言って、私に薬が入った薬袋と水の入ったコップを渡してくれた。これが何の薬なのかも分からない。説明もされなかった。ただ私が飲み込むのを待っている。封を切って、ざらざらと口の中に放り込んで、コップの水を口に運んで、流し込んだ。ごくんと上下する喉を見て、受け取るように看護師さんが薬袋とコップを仕分けするようにカートに戻していく。 「…あの、私が持ってたバックとかはどこにありますか?」 次の患者の所に行こうとする看護師さんを呼び止めれば、「ナースステーションで預かってます。明日渡しますね。」と言われた。やっぱりそこにあるのか。そう思いながら、明日も仕事を休む事を会社に電話しないといけないと思った。有給はまだ残っていたけど、入院した事をどう話そうかも迷っていた。元々障害枠で入社していて、病気の事も、服薬や病院に行く必要がある事も初めから話してはいた。でも病気が今まで全く違うものになってしまった今、いつまで入院する必要があるのか。そもそも仕事や日常生活が送れるか色んな事が不安だった。考えても答えは出なかった。躁鬱の事はシュリンクの漫画を愛用していて知っていたけど、まさか自分が躁鬱になる可能性があるなんて全く思ってなかった。鬱と躁鬱がこんなにも違うものなのかを身をもって知って。自分がどんな風に傾いていくのかただただ不安だった。テレビの音が消えた頃、就寝の時間なのか一気に静まり返っていた。 …とりあえず、明日携帯だけは早く返してもらわないと。そう思いながら眠りについた。 自分がこんなにボロボロなのに、仕事の連絡だけは優先しないといけない事に嫌気が差した。 少し泣きながら、また瞼を閉じた。早く、早く眠れますように。ただそれだけを思っていた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!