先輩、待ってください

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 和也は、あっといいそうになるのを必死にこらえていた。  バス停付近には、ほかにも女子校の生徒の姿があった。皆一様に同じ方向に歩いている。自動ドアが開く。通学カバンを手に取った女子高生は、あっけにとられる男子高校生を気にもとめず、さっさとバスから降りていった。  短い停車のあいだに、和也は彼女の後ろ姿を目で追いかけた。バス停や道路を取り囲むように咲き誇っているツツジを後にして、滑らかに、するすると歩いていく。  和也は急いで左側のシートに移ろうとした。ガラガラの車内で、どこに座ろうと勝手だろう。それより彼女だ。肩まで髪を下ろしている女子高生のことが、どうにもこうにも気になって仕方がなかった。  バスは停留所を離れ始める。 「危険ですからバスが停止してから席をお立ちください」  一瞬、ぎょっとした。  車内アナウンスが流れてきたとき、和也は立ち上がったばかりで、あわてて吊り革をつかんだ。加速するバスの床に立ち、両足で踏ん張る。あやうくバランスを崩して、転びそうになっていた。ちょっとまわりを見回した。この車内に、乗客は四人。すぐ近くに、和也と同じ高校の女子生徒がふたり並んで座り、さっきから盛んにおしゃべりしている。あとのふたりはみんな男子生徒で、ひとりは居眠り、もうひとりは本を読んでいた。誰もこっちを見ていない。  とりあえず、恥ずかしい場面を見られずに済んだ。  和也は気を取り直し、車窓の外に目をやった。バスはスピードを上げている。ゆっくりだった景色の流れが、徐々に早くなってきた。そのときにはもう、あの女子高生の姿は見えなくなっていた。  まあ、いいか――名前も知らない、他校の生徒なんかほうっておこう。  偶然とはいえ、彼女の「秘密」を知ってしまったことに少しばかりの罪悪感を覚えたが、それも束の間だった。次のバス停に到着し、ドアが開いて、バスを待っていた客たちがどっと乗り込んできて、急ににぎやかになると、そのどさくさにまぎれるような感じで、和也は深く考えないようにした。
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