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1.隣の幼馴染
穂波結良と言うのが僕の名前だ。
何となく、ふわりとした名前だと思う。
「うちは女の子ばかりだったからね、男の子が生まれたらかっこいい名前を付けようと決めてたの。検診で男の子だと分かった時には、皆大喜びだったわ」
僕の上には三人の姉がいる。家族の中で唯一人の男だった父は、即座に命名辞典を何冊も買いに走った。連日姉たちも交じって、命名合戦が始まる。画数だの流行りだの、ローマ字にしたらどうかだの、散々賑わったらしい。
当時、我が家には、『男らしい』と言われる名前が溢れていた。
「それが」
母は、目の前に置かれたコーヒーを口に含んだ。
「生まれてみたら、思ったのと全然違ったのよ。看護師さんがおめでとうございます、ってあんたを見せてくれた時に、それはもう、驚いたわ」
まる、で出来てる、と思ったのだそうだ。
「まる?」
「そう。あの記号の丸」
母の指がゆっくりと宙に円を描く。
丸い輪郭、うっすらと見える半円の眉。結ばれている小さな口元までが、ちょんと丸い。
「皆で考えてた名前は、そうね、何ていうのかしら。しっかりした、角ばった名前ばかりだったからね、このまま付けてもいいのかしら、ってことになったの」
そこで、穂波家は揺れに揺れた。
選び抜かれた名を付けて、男らしく育てるべきか。丸で全部できたような子に合わせた名前を考え直すべきか。
名付けの期間は二週間だ。役所に届けに行くまでは、お腹の中にいた時のまま「ちびちゃん」と呼ばれていた。
生まれて三日目に、父の母、つまり僕の祖母がやってきた。祖母はご苦労さん、と母をねぎらった後に、僕をじいっと見つめて言った。
「おお、こぉれは、まあるい子だねえ。素直にまあるく育つだろうね」
しみじみ優しく告げる祖母を見て、母は決意した。この子が多分、自分の最後の子になるだろう。とびきり、丸い名前を付けようじゃないかと。
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