第一幕

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第一幕

「あっ鼻緒が……」 「もう、あなたって、ほんと愚図ね! 悪いけど先に行くわ。鷹司(たかつかさ)様をお待たせするわけにはいかないから」  祥子(しょうこ)は棘のある物言いを隠す様子もなくいって、お付きの景之(かげゆき)を従え、浅草のオペラ座へと牛車に揺られて出かけて行った。行きしなに名無しへ振り返り意地悪い笑みをみせたが、切れた鼻緒に夢中になっていた名無しは、当然気がつかなかった。  名無しは、その名のとおり名前がなく、敢えて名無しと呼ばれている祥子の侍女だ。オペラの観劇に誘われた祥子は、侍女の名無しも連れてくるようにいわれて仕方なくお付きの景之と共に3人で出かけたのだが、出かける数時間前に名無しの鼻緒が切れるように細工頼んでおいた。人の良いお付きの景之ではなく、同じ侍女の雅子(まさこ)にだった。雅子は祥子と名無しよりも三つ上になる。同じ侍女でも出自が確かな彼女のほうは、名無しよりも人らしく扱われていた。
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