第一幕

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 牛車が去って半刻経ったころだろうか。 「どうしました?ーー貸してごらん。ほら、ここを持っているといい」  見慣れた青年の淡麗な顔がまじかに現れて、名無しは驚いた。もうオペラの演目、『椿姫』が開演しているころだったから。とうぜん、ここにいないはずなのにと。この端麗な青年は、祥子が恋い焦がれてやまない鷹司嶺二(れいじ)、鷹司家の御曹司だ。一介の侍女である名無しとは、住む世界の違う人という認識は、名無しも持っていた。それに、名無しはただの侍女ではなく、亡くなった実母はどこかの女中をしており、誰とも分からない男との間にできた子供だ。しかも、望まれて生まれてきたのではないのか、名前がない。生まれたときから今まで、名無しは名無しでしかなかった。
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