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美羽の母は、美しい人だったが、とても厳しい人でもあった。例えば、美羽が少しでもおかしな箸の持ち方をすると、きちんと持てるようになるまで、何時間でも正座させて説き続けるのだ。幼い美羽にとって、箸を正しく使うことはとても大変なことだったし、正座はつらかった。 だが、少しでも嫌そうな顔をすると、母はもっと厳しく説教し始める。 幼い頃、美羽は、あの女の子のように髪を三つ編みにすることに憧れていた。美羽が三つ編みの女の子をうらやましそうに見ていると、母は言った。 「自分で結べるようになるまで、髪なんて伸ばさせないわよ」 「三つ編みかわいいな……」 「お母さんは忙しいんだから。あんたの髪になんか、かまっている暇はないのよ」 美羽にとって「母」とは「いつも自分を叱る人」だった。決して甘えさせてなどくれないのだ。 オフホワイトの洒落た社屋が見えた。会社に着いてすぐ、女性上司に呼び止められたのだ。四年間、働いている会社だが、美羽は今でも、大人の女性を目の前にすると体がすくんでしまう。 「美羽ちゃん。この書類、お願いできる?」 「はい! 営業用に仕立て直しておきますね」 「いつも助かるわ。仕事も早いし、気立てもいいし」 「そんな……私なんて」 美羽がそう言ってうつむくと、女性上司は顔をしかめた。 「美羽ちゃんは『私なんて』が口癖だね。こんなにいい子なのに」 そう言われても、美羽は曖昧に笑うことしかできない。自分が「いい子」だとは、到底おもえなかった。 「お盆には帰ってくるか?」と父から電話があったのは、帰宅時間を少し超えた頃だった。 急いで電話に出たが、父の電話の背後に、母が皿を洗う音が響いて、美羽は体が硬くなるのを感じる。 「会社が忙しいかもしれないから……」 「有給を取ればいいだろう」 「そうだけど……」 歯切れの悪い美羽に、父は困ったようにこう告げた。 「お前には何不自由ない暮らしをさせたはずだよ。何が不満なんだ」 美羽は答えられなかった。大人に反抗してはいけないと、強く教え込まれていたから。 疲れ切ってベッドに倒れこんだ美羽が目覚めたのは、深夜二時のことだった。暗がりの部屋に誰かいるのだ。美羽はゾッとした。夢を見ているのか? 寝ぼけているのか? 目を凝らして、暗がりを見た。そこには、五、六歳の女の子が立っているではないか! 女の子はチェックのプリーツスカートを履いて、丸襟の白いブラウス、紺色のブレザーを着ていた。どこかの幼稚園の制服だろう。髪はワカメちゃんのような髪型だった。
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