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「あなたは誰?! どこから入って来たの?」
「わからない……。ごめんなさい。おねえちゃん。怒らないで。ごめんなさい」
女の子は、泣きじゃくりながらそう言ってスカートを握りしめている。こんなに小さな子が、「ごめんなさい」なんてずっと言っている姿は胸が痛んだ。女の子の制服も髪型も見覚えがある。けれど、それをどこで見たのか、美羽は思い出せなかった。
「ねえ、泣かないで。一体、なにがあったの?」
「私が悪いの……」
「そんなことないよ。話してごらん」
「でも……」
「大丈夫。ここには、あなたを叱る人は誰もいないから」
美羽は、自分を抱きしめるかのように、その女の子に寄り添った。幽霊かもしれない、とも思っていたが、恐怖よりも、憐憫の方が勝ったのだ。
「私、お母さんが言うことちゃんと聞いてる。お手伝いもしてる。ワガママも言わない」
「うん」
「友だちに嫌なことされても我慢するし。やりたいことがあっても、お母さんが怒るから言わない。いつも『いい子』にしてるのに」
「うん……」
それは、『いい子』なのだろうか。『我慢させられている子』なのではないかと思ったが、美羽は口には出さなかった。今は、話を聞いてあげるべきだと思ったから。
女の子は、一生懸命に美羽に訴え続けている。
「でも、私、お母さんに嘘をついてしまったの……」
「嘘を?」
「ミーヤンはやっぱり『わるい子』なのかな……」
美羽はハッとした。幼い頃、美羽はみんなに「ミーヤン」と呼ばれていたのだ。そういえば、女の子の制服は、美羽が幼稚園児だった頃に着ていた制服に似ているような気もする。その頃、美羽もワカメちゃん頭をしていたのだ。
「ミーヤンはレイコ先生が大好きなの。優しいし、お歌もピアノも上手で」
「そういえば、そうだったわね」
美羽は子どもたちに大人気だったレイコ先生のことをぼんやりと思い出した。レイコ先生にかまってほしい子は多くて、姿を見かけるとみんなレイコ先生に駆け寄ったものだった。
「お友だちが、素敵な花束を持って来て、レイコ先生に渡していたの。レイコ先生は『まあ、綺麗ね。ありがとう』と言って、うれしそうに花瓶に花を生けて、教室に飾ってくれるの」
「そういえば、毎週のようにお花を渡していた子もいたわね……」
「ミーヤンはレイコ先生のうれしそうな顔を見るのがね、大好きなんだ」
美羽は、毎週のようにお花を渡せるお金持ちの弥生ちゃんが羨ましかったことを思い出した。自分もレイコ先生に、かまってもらって、「美羽ちゃん、ありがとう」と言って欲しかったことも少しずつ思い出されたのだ。
「それで、『花束が欲しい』ってお母さんに何度も何度もお願いしたの」
「五歳じゃ、自分で買えないものね」
「でも、お母さんは『絶対ダメ。無駄遣いよ』って……」
ミーヤンの話を聞くうちに、美羽は少しずつ幼い頃の自分を思い出したのだった。あの頃の、冷たく、つらい日々の記憶が、脳裏によみがえってくる。
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