0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
それはとある住宅街。
それは私にとって思い出深い道。両脇に挟まれるように街路樹が並ぶ並木道。私の名前は山梨崇(やまなしたかし)。年齢は今年で45歳になる中年男性だ。年齢でくぼんだ頬、老眼鏡を掛けた私はくたびれた私服を着て桜並木が咲き誇る歩道を歩いていた。
「懐かしいなこの季節は………」
私は黄昏れるように言った。思わず瞳から涙がこぼれ落ちそうになりそうだ。
「やっぱり、この道はママと?」
隣の一人娘、香菜(かな)は尋ねる。年齢は18歳。
私はこぼれ落ちそうになる涙を堪えながら口を開く。
「そうだよ。この道はな、父さんと母さんの思い出深い場所なんだ」
それは30年前。
当時、私は高校1年生の私はこの住宅街で生を受け、通学していた。
幼馴染の親友と馬鹿な話をしながら通学し、この道を歩いていた。季節は春、桜並木が咲き誇り、それは出会いと別れの季節である。
入学式、体育館で校長先生の話を聞いていた。退屈な表情で俺はあくびを吐き出し、辺りをキョロキョロ。
「あ………」
ふと、隣の同級生の少女と視線が合う。
「どうも……」
俺は恥ずかしく頭を抱え、挨拶。
「よろしくね。私は橋本奈美(はしもとなみ)」
女の子はクスクスと言う。
「山梨崇(やまなしたかし)だ………」
これが、彼女との出会いだった。
クラスにて、橋本奈美(はしもとなみ)は誰にでも親しい女の子だった。笑顔が素敵で友達と普通に話をしている子だった。
俺、男。山梨崇(やまなしたかし)は離れた席から隣の親友、後は取り巻きの輩共に宣言するようように言う。
「俺さ、橋本奈美(はしもとなみ)に告白しようと思う」
「マジか?頑張れよ、骨は拾ってやるからよ………」
「撃沈に一票」
「俺も」
「俺も撃沈に」
「お前らな、見てろよ」
周りの輩共は告白失敗を予想する。そして失敗談に話に花を咲かせる。
そして、俺はベタに。彼女の下駄箱に手紙を差し出して校舎裏に呼び出す事にした。一方の親友とその他の輩共はヒソヒソと隠れて見守る。
案の定、橋本奈美(はしもとなみ)は来た。2人は正面に立ち、緊迫感が張りつめる。
俺は解放するように言う。
「好きです。付き合って下さいっ」
1分、2分、3分………少しの時間が経過していく。
「はい………」
橋本奈美(はしもとなみ)は恥ずかしく言った。
こうして俺達は付き合う事になった。なお、輩共の下馬評は見事にひっくり返した。
俺と橋本奈美(はしもとなみ)は通学、帰り道は一緒だ。季節は春真っ盛り、桜並木が並ぶ通学路を何ともない話をしながらデート感覚で並んで歩く。クスクスと笑う彼女は、好きだ。高校生の頃は友達と彼女、実に恵まれた青春時代である。
高校卒業後、俺は大学生。彼女の方は専門学校の進路は別々になった。それから、すれ違いが続いた………。理由はそれぞれ、学業生活において予定が合わなくなったから。
そしてすれ違いが続き、些細な喧嘩になった。場所は住宅街の公園の中だった。
「崇(たかし)は何も分かってないっ」
奈美(なみ)は言って怒って立ち去る。
俺は揺れるブランコに座り、何も考えられない。
そしてしばらく、3ヶ月は彼女と話をしなくなった。このまま別れてしまうのか。俺は部屋の中で考えていた。
(このままでいいのか?)
高校時代、好きになって告白し、同じ時間を過ごして同じ通学路を歩いて………俺は彼女の笑顔を思い浮かべていた。俺は彼女の笑顔が好きだった。学生時代は何気無い話で笑ってくれたり、特に重くもなく軽くもない。
俺は部屋を出た。かつて通学していた並木道を駆け走りながらスマートフォンを片手に彼女に連絡を取り、公園に呼び出した。もちろん、来る保証はない。
「何やってんだろ俺は………」
公園のブランコに座り、うつ向いて待っていた。1時間、2時間………と、時間は過ぎていく。時刻は夜、人気が寂しくなる時間であり、真っ暗だ。
「ハァ………ハァ………ハァ……」
夜の公園にて、彼女が走って息を切らして来た。俺の元に歩み寄り、沈黙しながら視線を差す。
「久しぶり………」
俺は言った。
「再会の一声がそれって………」
彼女はクスクスと笑う。
「それで、母さんが埋めたタイムカプセルってどの辺り?」
公園にて、俺と娘の香菜(かな)はグルグルと歩き回る。
「確か………遺書だとこの辺りなんだけどな………」
俺は遺書の手紙を眺めながら見回る。そして目に映ったのはとある杉の木である。
大学卒業後、俺は就職して彼女と同棲した。
時間が過ぎて落ち着き、俺は彼女と思い出深い住宅街の道を歩いていた。あの頃は何気ない会話で花を咲かせる日々、何か、学生時代を思い出してしまい、老けた気分になる。
2人は公園に着いた。俺は彼女に意を決し、伝える。
「俺と結婚してください」
と、プロホーズした。もちろん答えは(よろしくお願いいたします)である。
それから、目まぐるしい日々。俺は仕事、奈美(なみ)は家事であり、俺の帰りはいつも夜遅くであり、用意された晩飯を食べる。
そんなある日、俺はリビングにて奈美(なみ)に呼び出された。
「実は、お腹に子供が出来ていたって………」
奈美(なみ)の告白に、俺は言葉を失った。もちろん良い意味で………。
そして1年後、子供が産まれてこれから父親として頑張らなくてはいけない。と、大変だけど幸せな日常が待っていた。しかし。
奈美(なみ)は体調を崩す事が多くなった。とりあえず病院に行く事にした。
「白血病です」
医師からは診断は残酷だった。
「この道、覚えているか?」
俺は尋ねる。
「覚えているわ………」
ニット帽の奈美(なみ)はニコッと微笑み、言う。車椅子に乗せた奈美(なみ)、歩いている場所は街路樹が並ぶ並木道。この道は学生時代から通学し、就職してからは通勤の道である。学生時代、2人はこの道を並んで歩き、バカを語りながら通学していた。そして、皮肉にも辺りは街路樹により咲き誇る桜がヒラヒラと空中を舞い落ちる。
「もう、春ね………」
「そうだな、春だな」
俺は車椅子のハンドを、流れ落ちる涙で頬を震わせる。
「この季節に、私と出会って………新学期にアナタに告白されて………」
「病気を治して、もう一度2人で。いや、香菜(かな)と3人で………」
桜舞う住宅街の並木道。2人の側を学生達が通り過ぎる。
俺と娘の香菜(かな)は、杉の木の下の地面を掘った。カチっと音がして、中にあったのはアルミのクッキー箱である。
「これ、懐かしいな………俺と母さんが高校生の頃の写真じゃないか」
俺はタイムカプセルに入っていた10枚の写真を持ち、懐かしい様子で眺めていた。文化祭、修学旅行、そしてデートの写真が写っていた。
「父さん、手紙があるよ」
その中に、土汚れの手紙が混じっていた。俺は手紙を開けてみる。
──最愛の崇(たかし)さんと最愛の娘の香菜(かな)へ………。これを読んでいる頃には私はこの世にはいないでしょう。私が生きているうちに、この手紙を書くことにします。崇(たかし)さん、私はアナタと出会えて毎日が幸せでした。時には喧嘩になったこともありましたけど、それも宝物です。こんな私を選んでくれてありがとう。そして香菜(かな)、お母さんの娘に産まれてくれてありがとう。これから辛い事や悲しい事もたくさんあるでしょう、私にはアナタがそれを乗り越える強さを持っていると信じています。私は2人を愛しています。
母より。
手紙を読み、俺と娘は涙を流し、肩を寄せ合うのである。
最初のコメントを投稿しよう!