赤いマスカット

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   これで良い。清水港での取引が無事に終わると、宗幸は安堵の吐息を洩らした。もしかしたら、この取引の成功を一番に願っていたのは自分かもしれない。この成功によって初めて、自分は白崎に本当の身分を明かすことができるのだ。麻取がヤクザに服従の意を示すには、薬物密輸の見逃し、これ以外にない。  マンションにつくなり、宗幸は身分を打ち明けた。はじめ、キョトンとしていた白崎の表情は、宗幸が詳細を語るにつれ、強張り、引き攣っていく。  宗幸は焦った。自分は本当の部下として、恋人として、白崎のそばにいたいから、だから十キロもの密輸を許したのだ。どうかそれをわかってほしい。宗幸が必死に訴えると、白崎はふいに、穏やかに微笑んだ。 「お前、歳はいくつだ」 「……二十四です」 「そうか。若いのに落ち着いてるな」  一線引かれたような不安を感じ、宗幸は距離を詰めた。白崎は退かないが、柔和な表情を変えようともしない。宗幸に対して、何も期待していないという顔だった。 「白崎さん……」 「大学は出たのか」 「出ました」 「大卒出の官吏か。親御さんは鼻が高いだろうな」  白崎らしからぬ言葉に宗幸は胸がざわついた。世間体をあんたが言うのか。そんなものをくだらないと切り捨てて、あんたはのしてきたんじゃないのか。 「ええ、親戚や近所の人に吹聴してますよ。あの人たちはとうの昔に自分の人生をアガったんです。だから俺に期待するしかない。つまらない人たちなんですよ」  自分の中に燻っていたものが突如として現れ、宗幸は困惑した。親に反抗したことなど、一度だってない。恨んだこともない。東大や総合職を目指せと言われてきたわけではない。両親は常に宗幸の成績に応じた期待を寄せてきた。  ……それを卑しいと感じたことがある。できるだけ金を搾り取ろうとする詐欺師を連想したからだ。 「お前はその期待に応えた。そうだな?」  白崎は愛しむような目を向けてくる。 「就活のことは詳しくないが、公務員ならそれなりの倍率なんだろう。お前はそれをくぐり抜けた。こっちの世界には、お前と同じことをやれる奴なんて一人もいない」 「だから、俺を使ってください。俺は役に立ちます」  宗幸はなんとか話の軌道を変えようとする。 「その努力を安売りするなと言ってるんだ」 「安売りなんて思いません。俺は、白崎さんの下で働きたいんです」 「親御さんを泣かせるな」 「俺の人生です。それに期待には応えました。散々自慢したはずですよ。息子は厚生労働省に勤めてるってね」  唇が卑屈に歪むのがわかった。 「そうだな、誇らしいんだろうな」  優しい口調に、不安が募った。年の差を初めて意識した。 「白崎さん、俺は」 「二キロで良いか?」  宗幸の言葉を遮り、白崎は言った。 「餞別だ。もう一度取引してやる。お前はそれを上司に伝えて、元の世界に戻れ」 「嫌です。俺、白崎さんの側にいたいです。白崎さんは違うんですか」  返事を待てずに、肩口を掴もうと手を伸ばすが、パチンと弾かれた。  明確な拒絶……宗幸は頭が真っ白になった。 「白崎さん、味覚障害なんでしょう」  爆弾が勝手に口をついて出た。白崎が動揺し、宗幸は満足した。自分ばかりが必死になるのはおかしい。本当は白崎だって、俺を必要としているはずなのだ。 「俺の料理は食いやすいでしょう。白崎さんがキツくないように工夫してるんですよ。香りで楽しめるように」  白崎の顔がみるみると赤らむ。 「その病気、一緒に乗り越えましょう」  途端、白崎の目尻が吊り上がった。 「帰れっ!」  怒鳴り、宗幸を玄関へと追いやる。 「白崎さんっ」 「出ていけっ! っ、早く行けっ!」  ゾッと背筋が冷えた。ありえない。どう考えたって、あんたには俺が必要だろう。  振り返り、力ずくで白崎を床に押し倒した。ガツンと顔を横殴りされたが、構わず白崎の服を剥ぎ取り、胸の小さな突起に吸い付いた。 「や、めろっ……」  白崎は宗幸を引き剥がそうと頭を掴むが、宗幸が突起を吸い上げると、もっととねだるように背中をしならせ、胸を突き出した。 「あっ、ゃっ……んぅっ……」  抵抗する力もなくなるまで、たっぷりと乳首を嬲り尽くした。イカれた味覚の埋め合わせか、白崎の皮膚は感度がいい。鳥肌の立つ脇腹に爪を立て、ツウッと滑らせる。 「っふ……んっ、あっ……」  脱力した体を床に這わせ、後ろから尻たぶを大きく割り開く。狭隘に舌先を突き入れると、白崎の性器から蜜が滴り落ちた。  唾液を注ぎ、指でこじ開け、また唾液を注ぎ込む。白崎が自らねだるまで、宗幸は執拗に後ろを解きほぐした。何度か達した気配があった。痙攣し、ガクンと腰が落ちるのだ。でも宗幸に性器をいましめられているため、白崎が満たされることはない。 「あ、うっ……ぅ、んっ……」 「俺が欲しいですか」  体全体で呼吸しながら、白崎は力なく首を横に振った。 「欲しいはずだ」  再び舌を突き入れ、敏感な中を貪った。もうすっかりそこは宗幸を飲み込むための器官と化し、せつなげにひくついている。 「っ、や……あっ、ん、あ、あっ」  我慢できず、宗幸は自身のズボンを下ろし、張り詰めたものを取り出した。ほころんだそこに押し当てる。 「白崎さん、俺を欲しいと言ってください。そうしたらたくさん突いてあげます。白崎さんのいいところ、ぐりぐり圧迫してあげますよ。ねえ、欲しいでしょう。欲しいと言ってください」 「……やめろ」  拒絶がペニスに影響を及ぼす前に、グッと押し込めた。 「はっ、ああっ」 「すんなり入りましたね。ここ、俺のこと咥え込んで喜んでますよ。きゅうきゅう締め付けてくる」 「ぬ、けっ……ん、ふっ……はやく、ぬ、あっ、んああっ」  一番弱いところを押し潰すと、白崎は悲鳴のような声をあげ、射精した。そのまま、ぐりぐりと同じ場所を責め立てる。白崎は咽び泣き、ガクガクと体を震わせた。ばちんと強く尻を張る。 「こうやって叩かれて、嬉しいでしょう」  白崎は喉を反らし、首を横に振った。 「ほらまたイった。俺じゃなきゃこんなふうに気持ちよくなれませんよ」 「あっ、ひっ、ん……ああっ」 「俺を必要としてるのはあなたなんですよ」  気力も体力も奪い、白崎を快楽の底に叩きつける。それしか考えられないようにする。宗幸はそうして少しずつ、白崎の口から、自分の欲しい言葉を引き出していった。
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