赤いマスカット

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   店の綺麗どころを両脇にはべらせ、白崎は次から次へとボトルを開けた。部下の宗幸が飲まないわけにいかない。白崎に言われるがまま、宗幸は度数の高い酒を喉に流し込んでいく。 「あいつは……東峰は、元々は横田の野郎に憧れて入ったんだ。でも横田が、あんなヒョロっちい男はいらねえって、気の小さいことを言うから、だから……だから俺が拾ってやったんだ。それを、それをさ、サツの犬になって、潜入を潜り込ませるなんて、酷いと思わないか」  白崎は珍しく酔っ払い、弱音を吐いた。取引中止よりも、部下の中に潜入捜査官がいたことが許せないらしい。 「みんな、俺がのしてくのが気に入らないんだ。実力社会をまるでわかってない。俺が……俺の、金策の才覚を認めたくなんだよ。バカだろう。賢い奴は、嫉妬なんてしてないで、俺についてくるもんさ。……お前のようにね」  白崎は赤く縁取られた切長の目を宗幸に向け、微笑んだ。 「お前は賢いよ。安田会は景気が悪い。それを見限って俺の元についたのは利口な判断だ」  宗幸が白崎の元についたのは、つい半年前のこと。安田会の元構成員を名乗り、勢いのある白崎の部下になりたいと乗り込んだ。 「本当は、俺は、お前を疑っていたんだ。お前のその瞳の鋭さは、この世界で培ったものではない気がした。お前こそが潜入かと思っていた」  宗幸はギョッとした。 「では、今日の取引は」  白崎は視線を落として微笑むと、クイっと酒を飲み干した。空になったグラスにキャバ嬢が酒を注ぐ。 「最初からなかった。裏切り者を炙り出したかっただけだ。もっとも、裏切り者はお前だと決めつけていた」  宗幸は背筋が寒くなった。今日の取引は、要するに自分のテストだった。自分が間違った判断をしていれば、この潜入(﹅﹅﹅﹅)は失敗していた。  目の前にグラスが差し出され、顔を上げると白崎と目が合った。白崎は唇だけで笑うと、「やっとお前を信用することができた」  そう言って、コツンと宗幸の持つグラスと乾杯した。  取引などなかった。自分は疑われていた……その衝撃をなんとか胸に押し留め、宗幸は笑みを返した。 「どうか俺を、白崎さんの手足にお使いください」
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