赤いマスカット

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   ベロベロに酔った白崎を自宅マンションに運び込んだ。白崎はすっかり宗幸を信用したらしい。広々としたリビングのガラステーブルには、覚醒剤を使った痕跡が生々しく残っている。針か、と宗幸は意外に思った。嗜むレベルなら、タバコの先に粉をつけて吸えばいい。針を使い出したら中毒だ。キャバクラでも感じたが、白崎は案外ナイーブなのかもしれない。だから裏切り者を炙り出すためにテストまで行う。裏切られることに耐えられないのだ。  白崎はソファに倒れ込むなり、ガラステーブルに散乱した粉を腕でかき集めた。その姿があまりにも痛々しく、宗幸は憐れみを覚えた。いつ、誰が裏切るのかわからない。常にアンテナを張っていなければいけない。覚醒剤と酒に溺れてしまうほど、白崎は追い詰められているのだ。 「白崎さん」  浴びるように酒を飲んだ後だ。中毒でぽっくり死にかねない。宗幸は白崎の手から注射針を取り上げた。  白崎が恨みがましく睨んでくる。 「せめて酒を抜いてからにしましょう」  白崎の目が丸くなった。 「味噌汁でも作ります。夕月のようにはいきませんが」  夕月というのは、白崎がよく行く料亭だ。鰹出汁の味噌汁は目を剥くほどうまい。  丸くなった目が、フッと卑屈に細まった。 「うちに、味噌汁の材料なんかあるわけないだろう」 「買いに行きます。ですから、それは少し我慢してください」  宗幸が粉に視線を飛ばすと、白崎も釣られてそれを見た。 「すぐに戻ります」  白崎の返事を待たずに、宗幸はマンションを出て、近くのスーパーへ急いだ。駐輪場に人気がないことを確認し、スマホで上司に発信する。味噌汁作りは口実で、本来はこれが目的だ。 『どうだった』  半年前は毎日のように顔を合わせていた上司だが、この半年間は通話だけだ。 「一課の刑事が潜入していました」 『一課もか。お前に接触してきたのは組対の刑事だろう』 「ええ。一課の刑事が潜入していたことは、わたしも想定外でした。排除できてラッキーでした。気付けなければ、先を越されていたかもしれません」  電話口の向こうで上司がうなった。冷静を装って報告しているが、宗幸自身も、まだ完全に立ち直れていない。 『それで、白崎の様子は』 「落ち着いていました。エスがいることを、薄々気づいていたようです。今日も、最初から取引する予定はなかったようです」  またうなり声が聞こえた。 『狡猾な野郎だ。で、どうなんだ。お前は信用されたのか』 「ええ。むしろ彼は今、わたしにだけ気を許している様子です。部屋にも上がることができました」  刑事に情報を流したのは、マッチポンプによって自分の評価を上げるためだ。それによって宗幸は、ただの部下から、危機感の高い優秀な部下に成り上がった。  白崎の信用を得るために、宗幸は警察を売ったのだ。 『よし。万事順調というわけだな』 「はい」 『最低でも五キロだ。わかってるな』 「承知しております。白崎には、それだけのブツを動かす力があります」 『時期を見誤るなよ』 「ご期待に沿えるよう、尽力いたします」  通話を終えると、素早く買い物を済ませ、白崎のマンションに戻った。ソファに白崎の姿はなく、風呂場から水の音がした。宗幸はキッチンに立ち、味噌汁を作り始めた。
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