赤いマスカット

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   我ながら美味い味噌汁が出来上がったが、白崎の反応は相変わらずで、宗幸は以前からうっすらと感じていた、「白崎は食に興味がない」という疑念を強くした。白崎は味噌汁を飲み終わるなり、注射器に手を伸ばす。  宗幸はすかさず、上からその手を掴んだ。 「いけません」  判断力の鈍った顔が、じっと宗幸を見つめる。八つ年上の男に、宗幸はキッパリと言った。 「顔が赤い。まだ酒が抜けていません。それにシャワーを浴びて、体温も上がっている」  白崎は面食らったように瞬きした。気分を害した様子はない。彼はこんなふうに、何かを制限されたことがないのだろう。だとしたら、この反応は、彼の懐に飛び込むチャンスかもしれない。 「白崎さん、今日はお休みなさってください。東峰は俺が責任を持って始末します。ですから、安心してください」  白崎は力なく首を横に振った。 「今日は眠らない。眠りたくないんだ」 「やめられなくなります」 「お前もやるか?」 「いえ、手に入らなくなった時、困るので」 「ずっと俺の元にいればいい。そうすれば困らない」  思わず握る手に力が入った。 「白崎さんは、どこから仕入れているんです。安田会は仕入れ先が摘発されて、ヤクは休業状態です。せっかく若者中心にばら撒いたのに、値上げする前に商品が卸せなくなった。潤っているのは、白崎さんだけです。みんな噂しています。白崎さんはどこから仕入れているんだって……」  いけない。宗幸は慌てて口を噤んだ。勘付かれたか……白崎を見るが、彼は握られた自身の腕をぼうっと見つめている。白崎が顔を上げると、ふわりと甘い香りが立ち上った。きっと高級なシャンプーを使っているのだろう。 「なんだって?」  聞いてなかったらしい。白崎の問いに宗幸は脱力し、「寝室へ行きましょう」と答えた。  背後から抱き起こし、寝室へと連れて行く。白崎は大人しく従ったが、ベッドに倒れ込むなり、「女」と言った。 「スレンダーで、あんまりうるさくないの」  シャブの代わりに、女を抱いて気を紛らわそうと言うのか。宗幸は呆れた。まさかここまで堕落した男とは。 「お休みください」 「眠れない」 「目を閉じていれば眠れます」  白崎の瞳に、分かりやすく怒りがともった。 「眠れるものか」  次の瞬間には腕を引かれ、宗幸は白崎の上に乗り上げた。白崎は卑屈に微笑むと、「お前がしゃぶれ」と命令した。  これも白崎の信頼を得るためだ。宗幸は自分に言い聞かせ、彼の上を移動し、ズボンと下着をいっぺんに下げた。萎え切ったペニスを口に含む。ここからもいい匂いがした。  口淫しても、白崎のものは小さいままだ。反対に、宗幸のものはムクムクと熱を蓄え、硬くなっていく。顔を上げると白崎と目が合った。……見ていたのか。 「いい眺めだ」 「男にしゃぶられるのは初めてですか」 「……ああ」  強弱をつけたり、くぼみに舌を這わせたりと手法を変えるが、どうにもならない。そのうち眠りにつくかと思ったが、「入れたい」と要求はエスカレートする。  宗幸は口淫をやめ、体を起こすと、改めて、男を見下ろした。白崎は「どうした? できないのか?」と意地悪く笑ったが、宗幸がスラックスから起立したものを取り出すと、その余裕はたちまち困惑に塗り変わった。怯んだのか、手をつき、退こうとする。宗幸は彼の顔の横に手をつき、進退を封じた。 「大人しく寝ますか。それとも、俺に抱かれてみますか」  シャツのボタンを外していき、引き締まった腹にペニスを擦り付けた。 「……お前」  狼狽した顔にそそられた。火で炙られたように体が熱い。理性を繋ぎ止めようとしても、自分好みの男が半裸で目の前にいては無理な話だった。この任務を与えられた時から、宗幸は必要以上に白崎を観察していた。綺麗な男を何度も空想の中で犯した。  顔を近づけ、唇に触れる寸前で、もう一度聞いた。 「寝ますか、抱かれますか」  白崎はフイと顔を背け、「寝ないし、抱かれもしない」と言った。  これ以上はいけない。せっかく白崎に信用されたのだ。ここで欲求を優先して、白崎に嫌われたら台無しだ。大人しく引き返せ……  でも。  宗幸の頭には、もう一つ、全く正反対のなり行きがチラついている。嫌われるのではなく、好かれる結末だ。それなりに場数を踏んでいるから、セックスには自信がある。もし白崎を満足させることができたら、むしろ、白崎はもっと自分を気に入ってくれるのではないか。白崎のようなストレス過多の人間ほど、セックスに溺れやすいのではないか。どうせ勃ちはしないのだ。女と、満足のいくセックスなどしてこなかったに違いない。 「もういい、帰れ」  宗幸は体を起こし、白崎の腰を高く掲げた。これから自分の身に行われる行為を悟り、白崎は足を振って抗うが、宗幸を止めるほどの力はない。 「やめ、ろ……」  キツく締まったそこは宗幸の指を跳ね返す。ささやかな抵抗に宗幸は昂った。バージンは久々だ。ぐるりと探る。 「ぅ、あっ……」  宗幸は指を引き抜き、舌先を押し込んだ。白崎の腰がびくりと跳ねる。拒絶の言葉を無視して唾液を注ぎ、十分に濡らすと、再び節高な指をねじ込んだ。 「は、あ、くっ」  ずぶずぶと抜き差しするうちに、肉壁の抵抗感が減っていき、白崎の声にも艶が出てきた。 「あ、あっ……」  弱いところの位置を覚え、宗幸は指を抜いた。丁寧に白崎の腰を下ろし、股を割ってペニスを当てる。ほぐしたとはいえ、入り口は宗幸の先端よりずっと小さい。ひくつくそこを、ペニスでこじ開け、圧迫していく。 「ん、う……ぅ、あっ」 「ゆっくり息、吐いてください。一番太いところ、いきますよ」  綺麗な顔がくしゃりと歪んだ。それでもなんとかまぶたを薄く開き、鋭く睨んでくる。唇を引き結んでいるのは、開いたところで望む言葉は発せないとわかっているからだろう。それか、部下に喘ぎ声を聞かせたくないか。 「白崎さん、声、聞かせてくださいよ」  ずんっ、と激しく突き上げると、白崎はだらしなく口を開き、無防備に舌をのぞかせ、苦しげに喘いだ。潤んだ瞳に普段の剣はなく、まるで縋るように見つめられ、宗幸はふいに、これは白崎の望むことではないかと錯覚した。  浴びるように酒を飲み、家に帰るなり覚醒剤に手を伸ばした……この男の、慢性的な強迫観念は、女のように抱かれることで救えるのではないか。  白崎を見る。貫かれた美貌の男は、息を荒くしながら、宗幸の動向を窺っている。 「動いてもいいですか」  ここまで白崎の意思を無視してきたのに、今になって聞いた。白崎は答える代わりに顔を背けた。 「俺、白崎さんを壊してしまうかもしれません」  白崎の頬の強張りを、宗幸は期待と受け取った。「それでもいいんですか」言いながら、打ち込んだものを、ギリギリまで引き抜く。 「白崎さん」  脅すように腰をガッチリと掴んだ。白崎はかたくまぶたを瞑る。  宗幸は予告なく一気に打ち込んだ。 「ひあぁっ」  白崎の身体が移動するほど激しく、執拗に突き上げた。白崎の頭がヘッドボードにぶつかりそうだと気づくなり、抱き抱え、下から突いた。白崎が背中にしがみついてくる。 「あ、あっ……あっ、んッ……」  熱い耳にかじりつき、舌先でチロチロと窪みを舐める。今までにないほど興奮した。汗ばんだ皮膚を撫で回す。いつものクセでつい、バチんと強く尻を張った。 「んッ」  中がきゅうっと締まる感覚があった。腰を止め、静止した状態でもう一度、湿った尻を叩く。 「っ……ん」  ぶるっと白崎の身体が震えた。 「いいんですね、ここ、叩かれるのが」  耳元で囁くと、白崎は恥じらうように宗幸の肩口に顔を埋めた。焦らすように尻を撫でながら、宗幸は言った。 「四つん這いになってください。たくさん叩いてあげますから」  引き抜き、自由にしてやると、彼は赤く潤んだ瞳で宗幸を見つめた。ねだるのを躊躇している。  宗幸は彼がしやすいように、肩を押し、うつ伏せに倒れるように力を加えた。でもその先は彼に任せた。 「欲しくないんですか」  白崎はかくりと俯いた。観念したように両手をつき、四つん這いになる。闇の世界で幅を利かせている男のあられもない姿に、宗幸は思わず喉を鳴らした。ぱちん、と尻を軽く叩く。 「もっと広げてください」  白崎はぎこちなく足を開く。命令に従う快感を覚えたらしい。マゾは人の上に立つ者に多い。  背後から腰を掴み、猛ったものを押し当てる。最初の抵抗を破ると、あとはスムーズだった。ずちゅん、と最奥を叩く。 「は、あっ……く、う、ぅ……」  ばちん、衝撃を尻に与えると、中がキツくうねった。思わず口元が緩む。痛めつけた皮膚を撫で、また叩く。腰がかくんと落ち、叱咤するようにひときわ強く叩いた。 「う、いっ……」 「腰、あげてください」  力が入らないのだろう。宗幸は体重を掛け、白崎をシーツに圧迫する。 「ひっ、深っ……あ」  両手を絡ませ、寝バックで犯した。白崎は短い呼吸を繰り返す。 「知ってますか? まだ俺、白崎さんのいいところ触ってないんですよ」  ペニスの角度を変え、そこをグリッと押しつぶす。 「ここ、ここなんですよ。あなたが一番気持ちよくなれる場所」 「あ、な、んんッ……」  逃げようとしても無駄だ。ピッタリと覆い被さり、わざと避けていたところを重点的に責め立てる。 「あ、やっ……こんな……む、ひいっ……あ、ああっ」 「ぐりぐりされるの、気持ちいいでしょう。白崎さんはこっちの才能ありますよ」 「ん、ああ、や、ぁっ……」 「俺たち相性良いですね」  首筋に吸い付き、汗を舐めた。鳥肌が立っている。 「……出しますよ。中に、良いですね?」 「あ、んっ……」  白崎はコクコクと頷いた。カッと気持ちが昂った。まずい。これじゃあ俺の方が……  奥にぶちまけ、塗り込めるようにゆっくりと動く。そうしているうちにまた固くなってきた。 「ああ……も、うっ……無理、だっ」 「無理じゃない」 「あっ、あっ」  どうしよう。良すぎる。顔も体もドンピシャだ。  細い顎を捕らえ、唇を貪った。弱いところを押し上げながら。 「ん、ふあ、んんっ」  唇を離れ、腰を叩きつける。今夜は何度でもできそうだ。尻をばちんと張る。しかし反応がない。見ると、白崎は気を失っていた。荒い呼吸で背中が上下に動いている。  宗幸は己を抜くと、手で扱き、白崎の背中にそれを放った。パタタッ、と二回目にしては濃いものが白崎の背中を汚す。白崎歩夢を犯した。今になって、その重大な事実が仄暗く胸に迫ってくる。この、あるまじき行為を清算する方法は、白崎歩夢の違法行為を摘発する以外にない。自分の任務を完遂することでしか……  電子音に、ハッと視線を向けた。自分のスマホが鳴っている。白崎は寝ているが、念のために部屋を移動し、宗幸は着信に出た。 『すまない。こちらの不手際で張り込みがバレた。一課の連中とバッティングしちまった』  宗幸をエスとして飼っている刑事だ。 「ちゃんとしてくださいや。もうあんな取引ないっすよ。白崎さん、すっかり疑心暗鬼になっちゃったし」  宗幸は軽薄な口調で答えた。 『本当に申し訳ない。全部一課が悪いんだ。潜入なんて馬鹿な真似するもんで……』 「俺への連絡、今後は控えてくださいや。白崎さん、ピリピリなんすから。俺が犬だってバレたら殺される」 『ああ、わかってる。気長に待つよ。しかし手ぶらで帰るわけにはいかねえんだ。小さなネタでもいい。シャブ中の情報、何かねえか?』  ガラステーブルに乗った薬物を目に止めながら、「さあね。最近はさっぱり聞かねえや」  刑事はそれでも食い下がったが、宗幸は相手にしなかった。通話を終えると、宗幸はガラステーブルへ歩み、粉物を始末した。こんな些細な事案で白崎を引っ張られたら困る。情報源を失った警察なら、やりかねない。  白崎には泳いでもらわなくては。そして今日より大きな取引現場を自分が……麻薬取締部が摘発するのだ。  宗幸は厚生労働省の職員、麻薬取締官だった。大きな実績は、まだない。  
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