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ふと目蓋を開けると窓から差し込む太陽の光が部屋を明るく照らしていた。
俺は片手を顔の前によせ、光を遮断するとベッドから起き上がった。ほんの少し体を動かし、今日の調子を確認する。体は清々しいほどに活気に満ち溢れていた。
最初は寝心地の悪かったベッドも一週間も経てば慣れたものだ。自前の枕も相まって睡眠は十分に取れていたように思える。腕につけたデジタル機器が測定する睡眠の質も良好と表示されていた。
どうやら、今日は絶好調の一日となりそうだ。
そう思いながらベランダへと足を運び、外の空気に触れる。
高層に位置する自分の部屋から見える景色は広大であり、とても綺麗だった。
外の景色を見つめながら、先ほど見ていた夢のことを思い出す。
四年前に開かれたオリンピックで、俺は念願の金メダルを手にすることができた。
しかし、一つだけ心残りがあった。
前回のオリンピックより導入された『チャンピオン・イミテーション・システム』。電子化された世界チャンピオンを投影し、まるで選手さながらにレーンを走ると言ったシステムだ。それに伴って、8コースだったトラックは9コースに拡張された。
電子化されたチャンピオンは世界新記録を樹立した走りと同じように走る。つまり、その競技でチャンピオンを抜いて一位になれば、オリンピックで一位どころか歴代で一位の地位につくことができるのだ。
システムが導入されると聞いた時は、面白いシステムだなと思っただけであまり魅了はされなかった。だが、実際に戦ってみて、本物の人間のようにリアルに投影されたチャンピオンを目の当たりにして、俺は心を打たれた。
自分は今、憧れの選手と共に走ることができているのだと思わされた。それは嬉しさと同時に深い悲しみを抱かせた。俺は日々絶え間ない努力をして、自分の限界を高めていた。日本で開かれる100メートル走は軒並み一位。世界でもそれなりに戦えるくらいまで自分を高めた。
それゆえに前回のオリンピックでは念願の一位を手にできたのだ。そんな血の滲むような努力をしたにも関わらず、いざ世界チャンピオンを前にして自分の小物さに気づかされた。絶対的に縮まらない彼との距離。どれだけ足を振るっても近づくことのできないことに絶望を感じた。
もはや『才能の差』とも言わんばかりの圧倒的な差。
しかし、才能だけで終わらせるのは俺にとっては我慢できないことだった。再び四年間の血の滲むような日々が始まった。
最先端のテクノロジーと学者からのアドバイスの元、自分に足りない筋肉を割り出し、そこのトレーニングを重点的に行った。食生活も体づくりのために摂るというのみで、血液検査から自分の食べるべき食材を割り出した。
トレーニングによって筋肉のバランスが変わったことで自分の走る姿勢を見直し、一番パフォーマンスの出る走り方を無意識でできるように体を調整した。
それを四年間、絶え間なく続け、圧倒的なスピードを手にすることができた。
練習では、一度だけ世界新記録を超えるスピードを出すことに成功。チャンピオンとの差が才能ではなく、努力で埋めることができることを証明できた。
あとは本番でそのパフォーマンスを出すだけである。
大きく息を吸い、朝の清々しい空気を感じとる。口から息を吹いて、心を落ち着ける。
今日はオリンピック100メートルの準決勝、決勝が行われる。予選を無事突破した俺は準決勝へと駒を進めた。準決勝で一位か二位、もしくは全三組の三位以降で記録上位二位を取れば無事決勝へ行くことができる。
また彼と走りを共にしたい。そのためにもまずは準決勝。負けるわけにはいかない。
ベランダから部屋に戻った俺はジョギング用の服に着替える。一日の始まりはジョギングから。本番となる今日は3キロのジョギングを行う必要がある。
ジョギング用の服に着替え終えると俺は静かに部屋を出た。
朝早くのホテルは完全なる静寂に包まれていた。響いたのは俺の足音だけだった。
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