霧島咲のカラオケ

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「咲、夕飯までどこに行っていたの?」  お母さんがドア越しに大きな声を出す。いちいちうるさい。 「図書館で、友達と勉強してた」  咲は自室で、スマホで藤堂あゆみのコンサートの動画を見ながら返事をした。家庭内ルールで、スマホは夜9時に没収されてしまう。  恵ちゃんや芽衣子ちゃんともっとメッセージのやりとりがしたいのに。 「夕飯できたわよ。降りておいで」 「はあい」  咲はベッドから跳ね起き、階段を下りて食卓へと向かう。  肉とあぶらが焼けるいい匂いが鼻をくすぐった。 「ハンバーグじゃん、やった」  後ろから、弟の康太が声を上げた。  姉も弟も、すっきりとした鼻筋と、形のよい眉毛が遺伝しているとお父さんとお母さんに言われる。少しは嬉しい。  康太にどん、と押されて、咲はつんのめりそうになる。康太は小学5年。最近生意気になってきた。小学1年のころはいつも遊んであげていたのに、今じゃ「女と遊ぶのはつまんねえ」と言い出す始末だ。  野球部の部活漬けで、絶対に彼女はいないだろう。  今日はお父さんも会社から早く帰ってきた。家族4人で食卓を囲む。  康太ががつがつと肉を口に運んだ。    咲は勇気を振り絞って、芽衣子ちゃんから渡された応募用紙をお父さんに見せた。 「私、これに応募したいんだけど」  お父さんがチラシを取り、上から下までながめる。 「鮎川町歌声自慢大会か。いいんじゃないか。挑戦してみれば」  お母さんも横からチラシを見た。 「この情熱が勉強にも出てくれたらねぇ。まあ、やるだけやってみなさい」  やった。親を納得させた。  咲は喜びで小躍りしそうになった。  早速スマホでエントリーサイトにアクセスし、名前と年齢、歌いたい曲を入力した。 「せっかく大会に出るの。きれいな衣装が欲しいなあ」  媚びてみる。 「だめよ。夏服買ってあげたじゃない。賞金が出たら自分で買いなさい」  即、お母さんに却下された。
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